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大学を卒業した後、親のコネもあって苦労もせずに東芝・本社に入りました。時はバブル絶頂期で、OL生活を満喫したものの、当時大ブームになったフラワービジネスに憧れてせっかく入った大企業をあっさりとやめてしまうという無鉄砲なことをしでかします。人間は、苦労もせずに手に入れたものには、あまり執着しないものなのでしょう。大企業を辞めて入ったのが、横浜元町の小さな花屋。ラッピングのセンスが抜群に良いこだわりのショップで勉強になったものの、自由な大企業のOL生活と夫婦二人で切り盛りする小さなお店の店員の仕事とのギャップがあまりにありすぎて、(特に人間関係があまりに濃密過ぎ)疲れてしまい、あえなく断念という情けない結果にただかろうじて運には見放されなかったようで、老舗の宴会場・東京會舘のフラワーショップ、大手派遣会社テンポラリーセンター(現パソナ)関連の花の企画会社のデザイナーと、まるでわらしべ長者のように転職するたびに少しずつキャリアアップし、最終的には、横浜の住宅街にできた花と雑貨とカフェのショップのオープニングスタッフとして立ち上げに関与し、オープン後は花部門の店長としてお店を切り盛りするまでになりました。このときの経験が、今の税理士業において、生花店・雑貨店・飲食店の顧問先様に生かされていると思いますショップの仕事はとてもやりがいがあって責任はあるものの楽しかったです。しかし、充実していたのもつかの間、この当時すでに結婚していたのですが、しばらくしてショップが軌道に乗ってこれからというときに妊娠出産、そして退職となりました。子供が1歳を過ぎた頃、花の仕事に復帰しましたが、花業界というのは当然ですが、土日が休みではないのです。もう17年も前の話ですので、今の若いイクメンのお父さんと違って、夫は子育てにあまり頼りにならなかったので、花の仕事と子育てを両立することがかなり難しく、ここで花の仕事を断念することになるのです。土日が休めて9時17時勤務で保育園にお迎えに行ける仕事は限られていて、結局手っ取り早く派遣の仕事を始めたのですが、勤務は楽なものの精神的には相当きついものがありました。自分よりはるか年下の正社員から思考力をまったく必要としない単純作業を与えられて黙々とこなす毎日。極端に表現すると机の上の書類を右から左に移すのにもお伺いを立てなければいけないような状況で。働くために子供を保育園に預けているのに、いつのまにか保育園に預け続けるために仕事をしているような本末転倒さと、子供が小さい貴重な時間を無駄に浪費している後ろめたさにもほとほと嫌気が差し、とにかくこの現状を打破しようと強い決意の元、税理士試験に臨むことになります税理士試験の受験期間は、子供が小学校入学の歳から始めて、中学1年の夏までと長丁場で苦しかったですが、派遣時代の悔しさがそれに打ち勝てた原点だったかもしれません。そう考えると今までの人生マイナスの経験も多いけれど、その経験を糧にステップアップできているのではないかとつくづく思います。例えば勝間和代さんのように順風満帆な人生ではないけれど、だからこそ今自分探しの渦中で悩む女性たちに寄り添って励ましていく役割ができるのではないかと思うのです長い話を読んでいただいて、ありがとうございました
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