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■名前:徳田 憲昭 (TOKUDA NORIAKI)■趣味:献血、競馬■モットー:頑張らない(我を張る)、忙しくしない(心を亡くす)、楽に生きる(楽しく生きる)■何者:よくわからない生き物 ●AEAJアロマテラピーインストラクター ●中小企業診断士、ファイナンシャルプランナー ●ヒプノセラピスト(ITTO認定、IHF認定) ●占い師 占術:西洋占星術、数秘学、タロット、四柱推命、宿曜経、姓名判断 ■好きな言葉『自ら反りみて縮からずんば、褐寛博といえども、吾惴れざらんや。自ら反りみて縮かれば、千万人といえども、吾往かん。』」(読み)みずからかへりみてなおからんずんば、かつかんぱくといえども、われおそれざらんや。みずからかへりみてなおかれば、せんまんにんといえどもわれゆかん。 大学卒業後、サラリーマン、派遣社員、契約社員を経て独立。派遣社員時代に中小企業診断士の資格を取得時の実習で指導員の先生が中小企業診断士であり、税理士であり、占い師であったことから占いに興味を持つ。それでいつの間にか占い師や占いを教える人間になってしまった。 ただ、これもなにかの導きというか、実は占いに興味を持たなければならない理由があったのかも。私が生まれたとき命名して下さった占い師さんが間違って私の名前をつけていたということが占いを勉強してわかったというオチがあるのだが。 占い師で四柱推命から足りない五行を見つけて、名前で補うという方法をとるのなら四柱推命の命式ぐらい正しく出してくれよと思いましたが。すでにその方も亡くなっているので文句も言えませんが。 普通のサラリーマン、派遣社員、契約社員をしていて、人にはいろいろ価値観があるのはいいけど、どいつもこいつも上司や取引先(親会社)の言いなり。 または、やさしい人間には無理や無茶ばかり言う奴ばかり。なんでかなあ。 会社にいって、言われたことをやってその時間過ごしてお金もらうというのもいいけど、なぜ私には向かなかった。 普通に仕事して、普通にしていればぬるま湯生活の中で静かに暮らしていけたのかもしれないが。 失業者を経験して『占い師+占いを教えることで独り立ち』 しかし、この占い師という言葉も嫌いだし、占いという言葉、鑑定という言葉が嫌いなので今は、とりあえずここでは『占い・占い師』という代わりに『運命学・運命伝道師』という言葉を使っています。運命学・運命伝道師の役割って何? 運命学という道具を使って、ご相談者の「不安や心配」をちょっとだけ溶かすお手伝い。 ちょっとだけ「不安や心配」を溶かしてあげれば、あとは氷河が溶けていくように「不安や心配」も自分で溶かしていけるはずですから。 よくある占い師で恐怖を与えて、 『先祖供養でお墓を買いなさい』とか『壺を買いなさい』とか『宗教に入って神様の力を借りなさい』ということを信じてしまう人もいますが、それでなんとかなると思うこと自体、普通の状態の人ならおかしいことぐらいわかるはずなのに。 過去も未来も変えられない。意識して変えることができるのは、今この時点のみ。 今を変えれば、その瞬間過去も未来も変化する。 悩んでいたら占いを使って、今この時点から自分を省みて、行動すれば、過去も未来も変わっていく。そんなお手伝いをしたいと思っています。 ただ、その時「ガンバらず、忙しくせず、楽に生きる」を念頭に置いて。頑張る(我を張る)と大変だよ。競馬で言えば自分にムチ入れているようなもの。 忙しい(こころへんに亡くす)こころ亡くしてしまうよ。楽しく生きるということは楽に生きるということだよ人間それでいいじゃん。って感じで行動起こしていけばいいじゃないの。 占いで吉凶ばかりを気にしても仕方がありません。 良いか悪いかもその時にはわかりません。占いで後天運が自分の人生と一致しないということをおっしゃっている人もいましたが、占いで未来がすべてわかってしまうのなら、占いなんてなにも意味をなさないものになってしまいます。これは私が初めて四柱推命を教えてもらった大阪の占い師の人間が私を含めて多くの人に四柱推命を教えた後、次々と他の流派の四柱推命を勉強して、自分の人生にピッタリ当たっていたのはどこどこの流派でした。以前勉強したものは役に立たないものでしたとバカなことを言っていたのを聞いて、情けない人間だなあと思ったことからここに書かせていただきました。 運命は自ら切り開くものであり、占いとは、決定した運を知るためのものではない。運を切り開くためのものであるはず。 そうしたら、占いとは外れた運命を送るという方法があってもいいはず。
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