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現在(いま)を最高のハッピータイムに過去を愛おしい宝物に未来を胸躍る予感にそのすべてを楽しさで叶えてくれるのが音楽でありエンターテイメント。苦労はいらない。楽しさを持って苦しさを制す。それが哲学であり真理。「あれ?ちょっと元気になれたぞ。」これ真理。正しいことが真理じゃない。楽しいこと・元気になれることが真理。そんな人生の機微をピアノに乗せて歌っています。「映像が見える」ような歌詞・メロディ・サウンドがテーマです。時に、ピアノを静かに奏で、時に、バンドサウンドでエレキギターをかき鳴らします。漫画や映画の哲学的メッセージに出会ったときの「そうか...!」ってちょっと元気になれるあの感覚。僕は音楽でそれを届けたい。磯中ゆうき『人生に迷ったときの心の応援歌』「まだあの人よりはマシかな・・・」いつのまにかそんな風に人と比べていて。「これなら許されるかな」「これなら大丈夫かな」顔色ばかりを伺って。自分の意見を言おうとすると、心が引っかかり。「これ言うとイヤがられるかな。言わない方が良いかな。」言わないことにして。理屈であれこれ考えているうちに、何も言えないような気がして、何もやれないような気がして、理想のイメージとほど遠い自分が、いつのまにかそこにいて。口数も減って、行きたいところへ行く数も減って。それでも「まあそれなりに幸せですけど、、、」「日々の生活に楽しみはあるし、、、」って、本当?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー僕は二十歳の頃、「間違いなんかないから、何かを否定することはできない」と思いつつ「何を言っても、自分間違えている可能性があるから言うの怖い」と同時に思っていました。迷い です。この二つを同時に思うと、ものすごく喋れなくなりました。それでも良いのかと思っていましたが、後に知ったのが迷い は 堂々巡り して 暗く なります。感覚が死んでいくのです。自分の意見が薄くなっていきます。自分の言葉で喋れなくなると、自分の感覚もよく分からなくなってきます。理屈が強くなりすぎて、感覚が弱ることが「迷い」だと思います。理屈じゃないのです。迷うのは、理屈じゃないのです。理屈ゆえに迷うのです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー迷ったときに「自分はこう」って思えるのは理屈じゃないのです。感覚です。それは、夢とか誰かへの憧れとか親切心とか好奇心とかそういう感覚です。自分が大切にしたい「価値観」です。そういう人に憧れていたんじゃないでしょうか。「お金じゃない。気持ちなんだよ。」とか。「やりたいことをやって生きたら後悔はない。」とか。「誰か一人が心から喜んでくれたら良い。」とか。「面白いからやるんだ。」とか。(※ この部分は人によって違うと思います。)かっこいいと思う言葉はどういう言葉でしょう?それを忘れて、自分の中の優先順位がずれてしまうのは、本望ではないと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー誰かと話をしたり、音楽を聴いたりしているとふと「自分が大切にしていること」を思い出したりします。その瞬間ハッピーですし、きっとその先の未来もハッピーです。体を動かしたり、お風呂に入っていたりして自分で気付くパターンもありますね。(じっと考えて、、、というよりは「何かの折にふと」って感じですよね)僕は そういう音楽を 奏でる ミュージシャンでありたいです。さらにそういう話も文章にできたらいいなとも思います。また、体を動かすこともおざなりにはできない、というか実は最大の近道だったりするので(体と心はつながっている)そういう機会にも、自分が関わって広めていけたらと思っています。これが 磯中ゆうき という感じです。「人を元気にする」人でありたいです。一時の気休めでない、なるべく続いていく方法で、傷ついたり、苦しんだりの代償がない、なるべく楽しい方法で、個性ゆえの苦しみは、その個性を才能として生かす方向で。22歳のときに作った曲「As a musician」20歳前後で人生に迷っていたんですが、その後少しずつ抜け出して行って、そのときにできた曲です。
テーマ: 【音楽活動】オリジナル曲
テーマ: 日記
20代
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