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木村哲也建築デザインオフィス 代表2008年9月~広島県東広島市で開業http://www.t-k-design.com/2008年4月青年海外協力隊の活動を終えホンジュラス共和国から帰国イレギュラーな人生を日々邁進中(笑)自己紹介・1975年 広島県東広島市生まれ・河内中学校ー基町高校ー福岡市内の大学を卒業・1998年2月大学卒業前に、一人ヒッチハイクの旅(博多~小樽間(往復))を敢行!沢山のドライバーや出会った方々の協力を得て無事、博多に生還。行く先々での人の温かさ、思いやりに感謝!!・1998年4月~ゼネコン(建設会社)に3年間勤務商業ビル、雇用促進住宅、警察署庁舎工事などの現場監督&現場責任者を務める。・2001年3月~「行くなら今しかない」とオーストラリアのビーチでライフセーバーとして働く夢を叶えるため一年間の充電期間と決めワーキングホリデービザでオーストラリアへ。一路シドニー・ボンダイビーチを目指す。飛び込みでクラブハウスに仕事のお願いに行くが相手にされず。毎日通い毎日断られる日々。ビーチを歩いていると運命の人と出会い(今でも恩人だと崇拝)、薦められるがままにシドニーから南へ一時間下ったクロヌラビーチへ移動。そこでライフセーバー資格:ブロンズメダリオンを取得後、7ヶ月間ライフセーバーとして働く。冬が来てビーチがクローズ。バスでケアンズまで北上し、ケアンズからシドニーまでヒッチハイク一人旅を敢行。その後、バイクを購入しオーストラリア大陸一周&タスマニア島一周を一人旅。3ヶ月23,000kmを走破。 旅先で出会うオージーや外国人の優しさ、おおらかさが身に染みた。この頃から途上国や貧困について関心を抱きだす。・2002年4月~帰国後、広島市内の建築設計事務所で4年間修行。住宅、店舗、マンション、リフォーム、ホテルetcを担当。 ますます自分の中に建築熱が高くなることを感じると共に人のためになる生き方をしたいと常々思い始める。休日を利用し、インドを旅した際に聖なる川「ガンジス川」で沐浴を敢行。アメーバ赤痢にかかり生死を彷徨う。(カルカッタで10日間入院)開業する前に日本で得た技術を生かして開発途上国で住民と一緒に建物を創りたい!喜ぶ笑顔が見たい!!そう思い、青年海外協力隊の応募を決意し受験。建築指導員の採用は5名応募者35名の中で奇跡の採用!!周りの反対を押し切り、・2006年3月~2008年4月までの2年間中米の最貧国のひとつホンジュラス共和国へ青年海外協力隊の建築指導員として派遣される。 「世の中には、貧困に喘いでいる地域がまだまだたくさんあります。共に生活をしながら少しでも生活の向上に繋がればと思い、住宅建設・設計指導に従事して来ました。電気・水が無い地域で小さな家ですが120軒の住居建設の指導をしました。貧しいながらも一生懸命生きる強さと人々の優しさに触れた時でした。援助に行ったと言うより、多くのことを学び、日本人が忘れかけている何かを感じて帰って来た感じです。」・2008年4月無事に帰国!!新宿での人の動きの早さに軽くカルチャーショック開業に向け準備を進める。浦島太郎状態を脱するため市民図書館で新聞や建築雑誌のバックナンバーを片っ端から読破。・2008年9月~小さなアパートを借りて「木村哲也建築デザインオフィス」を開業 今度は日本で多くの家庭、多くの方々に幸せな笑顔をもたらせるよう空間作り・家作りに励んで行きます。ただ建てるのではなく、住まう方とのコミュニケーションの中で的確な間取り、デザインを進めて行きたいと思っています。 そしてその為には、自分自身が「今、楽しいですか?幸せですか?」と聞かれた時に、「はい お陰さまで楽しいです。幸せです。」と元気に答えられるような生き方をしていきたいと思っています。日々の生活の中で出会う人々。偶然か?いや必然です。一生の中で出会う人なんて全人口から見ると、ほんの一握りです。そんな貴重な出会いを大切にしたい。出会いに感謝!!その後,建築デザインに奮闘しながら2011年10月~FM東広島(89.7MHz)パーソナリティーを担当(毎週火曜日19:00-19:54)番組名:木村哲也の全力投球2013年10月1日~東広島市八本松町原にて築70年の古民家をアトリエに改造。みんなが気軽に集えて、デザインと芸術の拠点になるスペースを創作中2014年4月~古民家アトリエに拠点を完全移転これからもよろしくお願いします
テーマ: 思うこと
テーマ: 古民家アトリエ Gracias
テーマ: 仕事
テーマ: サブ3達成への道
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