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福岡市早良区に在住してます、古森雄一郎(こもりゆういちろう)と申します。生まれは沖縄ですが、育ちは福岡です!入部小→金武中→城南理数→熊本大学教育学部。中学2年生のころに吹奏楽部創設を機に吹奏楽に出会い、高校でも吹奏楽を続けることとなりました。担当楽器はテューバ(金管楽器の最低音楽器)です。教育分野の専門は理科教育です。教材開発や指導法を、常に頭の中でアップデートしています。特に、上越教育大学教授の西川純先生の提唱する『学び合い』の考えによる集団づくりには、現場にいたころは夢中になって取り組んでいました。一方、教育現場で出会った、配慮の要る生徒たちとの出会いや、何よりも自分自身が「自閉症スペクトラム(ASD:旧称アスペルガー症候群)」と診断されたこと、その2次的な影響で不適応が生じ、「双極性障害(躁うつ病)」と診断されたことを機に、教育とは似て非なる「福祉」に興味をもつようになりました。地域の早良区第2障がい者基幹相談支援センターのセンター長(社会福祉士・介護福祉士)との出会いや、雁の巣病院での3か月の入院生活やそこでの経験や出会いから、本格的に「福祉」の勉強をしようと思い、平成30年2月より学校に通い、同年8月に「介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)」の資格を得ることができました。これが思いがけないこととなり、何となく面接に行った、自宅から至近距離の介護施設に採用され、勤務することとなりました。現在は、障害年金2級(年額約78万円)を受給しながら、無理のないペースで介護現場で少しずつスキルアップを目指して頑張っています。わたしの目指す社会は、「『教育』と『福祉』の、ハイブリッド」です。今の教育現場は、異常なまでにタスクの種類が多く、そのなかには「福祉」の考えがいるものもあるんじゃない?と感じるわけです。とりわけ、不登校や引きこもり問題、特別支援(知的・肢体・病弱)に関しては、福祉の考え(尊厳の保持と、自立支援)でもって対応する必要があり、教育と福祉の垣根を越えて、教育と福祉のどちらの考えも用いて、配慮を要する方々への対応ができなければいけないのではないでしょうか。学校や教員のありかた、子どもたちと、それを取り巻く目まぐるしい社会の変容に対応するためには、教員が、福祉関係者が、保護者や地域が、役割をもって動いていかないと、これからもどんどん変化し続ける社会や、その中を生きる子どもたちの利益にはならないのでしょうか?わたしは、教育の専門家です。教員免許は小学校一種、中学校一種(理科)、高等学校一種(理科)を保有しています。(一度失効しましたが、根性と信念と情報駆使能力で、新免許状として再生させました。これは人生のなかで大きな自信となっています。)常に、教育のことについて考えています。現在の生活は、・介護職員の勤務で得られる給与、および処遇改善加算・障害年金(2級:年額78万円。これは翌年の住民税に影響しないので助かります)・ときどき単発で入る仕事(1回1万円前後)これで成り立っています。教員やってたときは、金欠のうえ、人間関係がうまく構築されず、苦痛そのものでした。2015年9月に転機が訪れました。酒気帯び運転による人身事故を起こしました。当然、逮捕されました。これにより教員は懲戒免職となり、教員の縛りから解放されました。また、車の免許が取り消しになり、自動車は廃車。おかげで、毎月負担になっていたガソリン代や車検代、保険の費用を払う必要が無くなりました。「人生、終わった」どころか、「解放されました」。教員時代や吹奏楽団で大変な目に遭っていたことを不審に思って、発達障害の診断を受けたのは、大正解でした!おかげで、今まで「古森は変だ、おかしい」と言われ続ける、普通のことをやってるつもりなのに言われ続ける理由が分かり、ほっとしました。教員からポイされた後は、単発の派遣会社に登録して、人間関係の構築がほぼない仕事をやりました。夜勤も結構やりました。黙々と仕事をしていました。気づいたのは、「人材不足が、必ずどこかである」ということです。雇う側からすれば、人材を揃えることができれば、その人材が犯罪を犯した人であっても「一切関係ない、そんなこと言ってられない」のです。今は、介護職員の組織のなかで働いているので、素業がよくないと、企業のイメージが悪くなり、「この施設に、うちの親を絶対に入れたくない!」となるので、襟元を正して職務に励んでいます。職場は、自転車で2分程度!こんなにいい立地条件はありませんよ。人生は、これから「よくなる」しかない。人生100年時代、健康と快楽と社会貢献で、頑張らずのんびり過ごしていくつもりです。平成31年4月3日 古森 雄一郎
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