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小学生時代小学1年の時、近所の同級生と3人でオルガン教室に行っていました。 その当時いた、お手伝いさんも、一緒に来ました。そして、帰宅すると、お手伝いさんに無理やり、オルガンの練習をさせられました。それで、教室で習った曲は、一通り弾けるようになりました。そのうちお手伝いさんが入院して、亡くなってしまいました。その後、新しいお手伝いさんが、来ました。こんどは、そのお手伝いさんと、オルガン教室に行くようになる。そのころから、習った曲が弾けなくなりました。同級生もいつの間にか、その教室を止めていた。それでオルガンを2年で終了した後、ピアノは習わないことにしました。中学生時代中学1年の誕生日に母が、クラシックギター(鈴木バイオリン製造)を買って来ました。しかし、簡単な音階しか弾けませんでした。コードを覚えたのは、ずっと後のことです。ピアノで時々、耳コピで、ポップスを弾いたり、弾き語りをしていました。その頃、ある青春ドラマの主人公が、ドラマの主題歌や、挿入歌を歌っていたので、その、物真似をするととても、受けました。中学3年の頃の音楽の授業でソルフェージュのテストがありました。そのテストは、低音、中音、高音のパートに分かれていました。私は、その中で、低音のパートがあたりました。低音のパートは、自信なかったのですが、歌い終わるとクラスfont>全体から、一斉に拍手がありました。将来、シンガーソングライターに成りたいという夢をもったのもその頃です。しかし、ギター弾き語りを始めたのは、それから何十年も経ってからです。アコギを始める今から、6~7年前から、ギター弾き語りを始めました。最初は、中学時代からあった、クラシックギター(鈴木バイオリン製造)で、初心者用の本を見て練習しました。 歌う時に立って歌う方が歌いやすかったので、それから1年ぐらいしてK.Yairiのアコースティックギターを買いました。それから1年ぐらいして、初めての路上ライブをしました初めての路上ライブ地元の駅の近くにギターを持って出かけました(・・;)ギターケースから、ギターを取り出すと、6~7人のサラリーマンのグループの一人が「何か1曲やってくれませんか。」と声をかけてきました。「いくらですか?」と聞かれたので「お金はいらない。」と答えました。しかし、その人は小銭を手渡してくれました。僕は長淵剛の「乾杯」を弾き語りすると、その中の1人が「これ、 上手いわ!」と言っていました。そして、歌い終わると最初に声をかけてきた人が、千円札を手渡してくれました。(^_^)vそして、「愛燦燦」をリクエストされたので、楽譜を見ながら弾き語りしました。今度は、また別の人が来て千円札を手渡してくれました。(*^o^*)そして、長淵剛の「純恋歌」をリクエストされました。ギターをチューニングしましたが、上手くいきません。とうとう弦が切れてしまいました(ノ´▽`)ノその時は、ギターの振動ではなく、チューニングメーターで音を拾ってチューニングしていました。その為、屋外で上手く音を拾えなかったのが原因でした。このため、初めての路上ライブは2曲だけで終わってしまいました。(*^o^*)/~
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