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皆さん初めまして!英語初心者×女性起業家ための英会話サロンThe Discovery Lounge代表(東京青山)のRina(伊庭莉奈)です!私は今でこそ海外に行って英語を話したり聞いたりということが自然にできるようになりましたが、実は生まれは日本です。18歳まで静岡県の小さな村で育ちました。 今少子化問題が世間では言われていますが、なんとそれとは真逆の5人兄弟です(笑) 5人兄弟の4番目ということもあり、地域の人や家族、親戚など自然と大勢の人と関わることがおおく、得意なことと言えば喋るか遊ぶか寝るか、という幼少期を過ごしたのを今でも覚えています。そんな中、海外からの留学生を長期にわたって家庭に受け入れるなど、国際交流にオープンな家族の影響で交換留学プログラムに興味をもち、13歳で初めてアメリカ、サンフランシスコでホームスティを経験しました。その時に日本では見たこともなかった大きな世界に感銘を受け、ホストファミリーや現地でできた友だちともっとコミュニケーションをとりたい!という想いから、真剣に英語に取り組むようになり、地元の中学校で英語を学び、高校2年17歳の時交換留学プログラムで再びアメリカで生活をする予定になっていました。しかし、留学を目前にしたタイミングでアメリカ同時多発テロ事件が発生。続く翌年にはイラク戦争が勃発し、予定されていた留学プログラム自体が中止となってしまうことに。。。高校入学前から海外で生活しながら英語を学ぶことに期待感を抱き、意欲を燃やしていただけにその時のショックは計り知れないものがありました。でもその時高校のALTをしていたナターシャ先生の明るい性笑顔や、「短くても、行きたいなら行って来なさい」と背中を押してくれた両親、またわがままを承認してくれた担任の先生の存在のおかげで、思い切って昔お世話になったホストファミリーに国際電話をかけてたところ、2週間の受け入れ許可をもらい、高校の春休みを利用してひとりでアメリカサンフランシスコに行くことになり、「海外で生活できなくとも、与えられた環境の中で精一杯英語を頑張って行こう!」と決意しました。今思えばこの時の経験があり、自分自身の中で「あきらめず行動すれば必ず何か得られるものがある!」そして、「日本に居ながらでも、絶対に英語を話せるようになろう!」という2つの想いが明確になりました。高校を卒業し、18歳の時に上京して、海外の大学への進学を選ばず慶応義塾大学に入学することになったのですが、大学在学中はサークルなどに所属せず、専攻の学科の他に大学付属の外国語学校に通い社会人に混じって複数のコースを履修したり、外国人客の多い大手ホテルでアルバイトをしたりと、自分の生活の重点を英語に傾けるようになり、少しずつ実践的に英語を習得していきました。そうした中、就職か留学か、将来について考え始めていた学部2年が終わる頃、これまで学んできた英語力が実際に海外でそれほど通用するのだろうと考え、単身ニューヨークでホームスティをすることに。この時受けた衝撃は今でも覚えている。「分、分からない・・・!」それは、到着してすぐ、ホストファミリーの話す英語が予想以上に、というかほぼまったく理解できなかったからです。英語の先生やネイティブの友人の話す英語はこの頃までにはある程度理解できるようになっていたにも関わらず・・・。驚き焦る気持ちと共に、大きなショックを受けました。それもそのはず、ニューヨークは移民も多い大都市。この時受け入れてくれたホストファミリーはジャマイカからの移民のご夫婦でした。そのため英語にジャマイカのなまりが強く残っていて、「ア」というような音を「オ」と発音したり、そもそもすべての音がこもっていたり、今まで聞き慣れてきた英語とはまったく異質なものだったのです。「そうか!英語を使って世界の人とコミュニケーションするっていうのはこういうことなのか!」私はその時初めて気付かされました。3週間という短い期間ではあったけれど、ニューヨークで生活できたことでさらに英語の奥深さや広がりを体感し、決してたったひとつの正しい英語があるわけではなく、いろいろなかたちの英語があって良いと思えるようになりました。 通常日本の学校のテストでは「×」とされてしまうことが現場では問題なく通じていたり、ひとつの事を言うにしても何通りもの良い方があったり、リアルな英語に触れることで、・ ネイティブのように話せていないとダメ・ 文法を間違えて話してしまうと恥ずかしい そうした思いにとらわれていた自分に気付き、もっと自由に自己表現すること、「正しい英語」よりも「伝わる英語」を!と英会話学習のベースにあったマインドをシフトすることになったのです。更に英語の深さや楽しさを知り、日本で暮らす外国人のあり方にも関心を抱くようになり、日本人と外国人がともに生活すること、英語コミュニケーションや英語教育に関してもっと知りたいという思いから、卒業後は就職せずに大学院へ進学しました。2010年、東京大学大学院学際情報学府にて、文化・人間情報学の修士号を取得することができました。 在学中2年間は研究活動を通じて日本で生活する外国人や留学生と話す機会が増え、言葉だけではなく経済水準や文化の異質性について探求することになったのですが、その間自分自身も国際寮でレジデントアシスタントとして勤務し、アフリカ、アジア、ヨーロッパ、南米、北米など世界各地からの留学生と共に生活する中で、英語だけではなく、異文化や人との関わり方を学びました。修士課程修了後は、日系のIT企業に就職しコンサルタントとして勤務して、入社したその年から社内の英語公用語化プロジェクトが本格化し、社長会議や海外支社とのやり取り、さらには社内の掲示板やメールがすべて英語化していきました。 その中で上司や同僚など素晴らしいスキルや知識を持っているにも関わらず、「英語が話せない」というだけで活躍の場が狭まってしまう。昇級できない。減給される・・・。 さらには英語がきっかけで退社、転職する社員も続出する様子を目の当たりにしてきて、「10年以上勉強しても、多くの日本人が英語を話せるようにならないのはなぜだろう?」と、現在の日本の英語教育に対して疑問を持つようになると同時に,自分がこれまで独自にやってきた英語学習法の効果を実感し、もっともっとたくさんの人に「英語を話す人生」を手に入れて欲しい、自分の経験をもっと活かして英語が話せなくて苦労している人をサポートしていきたいという想いから、英会話スクールの講師へと転職することになりました。英会話講師として、2年以上の間に、英語セミナーやプライベートレッスンを延べ300人、5000時間以上担当し、主に「英語を話せるようになりたいけど、何から始めたら良いか分からない・・・」そんな英語初心者の英語力向上に寄与してきました。最初は英語ネイティブではない自分がどれほど必要とされるのだろうかと半信半疑だった部分もありましたが、実際には必要に応じて日本語も使って英語を学んでいくことで生徒さんのストレスが軽減し、より効率的で的確なアドバイスができることを実感し、生徒さんからも「もっと早く、こういう学び方をしたかった!」という声をいただくことで、さらに良いものを提供したいという想いが強くなっていきました。学生、主婦、アーティスト、プロダンサーなどさまざまな分野で活動する生徒さんを担当し、レベルと目的に合わせて個別に学習をデザインしていくことが何より大事だと痛感し、もっと選択の幅が広く効果的な学びのカタチを提供したいという想いから、南青山に英会話教室The Discovery Loungeを立ち上げることになったのです。<> 英語は単なるツールです。あなたは英語力を手に入れて、何をしたいですか?単に英語の「知識を教える」のではなく、英語を話せるようになったその先に何を実現したいのか、生徒さんひとりひとりの未来に寄り添うこと。その夢や目標を一緒にかなえていく、それが一番大切にしている想いです。生徒様の現在のレベルを徹底的に分析し、目標に向かって何から始めたら良いのかを共有、ゴールまでの道のりをしっかりとカスタマイズしていきます。英語はいくらがむしゃらに頑張っても限界があります。本当にあなたらしい学び方をあなたは知っていますか?生活スタイルや趣味の中にどうやって英語を取り入れていけば良いのか、The Discovery Loungeでは、日常での英語との関わり全て学びと位置づけています。いわゆる「学校の授業」や「英会話スクールのレッスン」との最大の違いは、英語を勉強するものではなく、自己表現のひとつにしてしまう、ということ。そして多くの仲間・情報・モノがあつまって新たな発見が生まれて行く。それが「Lounge」の意味です。英語は日本でも絶対に話せるようになります!大切なのは、そのプロセスを間違えないこと。そして目的を忘れないこと。「読み書きはできるけど、会話になると真っしろになってしまう」という相談をよく受けますが、これもコツを実践するだけで簡単に克服できます。「自分らしく学びたい」「英語を話せるようになって自由なコミュニケーションを手に入れたい」そして「夢をかなえたい!」そんなあなたを待っています!!
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ヒューマンデザイン 岩本早苗