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はじめまして。ラタン(籐)編みをしています。k.kaorio(かおりお)こと城戸香織と申します。今から14年前、2008年にマレーシアでラタン編みに出会い、仲間に支えてもらいながら、ほぼ独学でラタン編みを習得しました。当時、小学生だった息子が勉強しているそばで、ラタンを編んでいた事を思い出します。自然素材のラタンは東南アジアに生息しているもので、ナチュラルなままの素材をそのまま楽しむのもよし、色を染めてもニスを塗ってもと色々楽しめる素材です。私は基本、ナチュラルなままで、少しずつ経年変化していくことを楽しむのが好きです。ほんの少しずつ、色が飴色にっ向かって変化していく様は育てがいがあります。また、とても軽い素材なので、かごにしても、アクセサリーにしても重宝します。形も色々と作ることができるので、固定概念に縛られることなく、自由な発想で作成できることも、楽しみの一つでもあります。ここから少し、私ごとになるのですが…マレーシアには2年ほど住んでいたのですが、息子の中学受験で帰国しました。その後はシングルで子育てをしてきました。その息子が大学生になった際、当時体調不良が続いていた私に『好きなように自分の人生を生きれば良い』と言ってくれました。自分の人生を生きたい…そんなふうに思いながらも、お世話になった職場をそう簡単には離れる勇気もなく、日々体力の限界を感じながらも騙し騙し、過ごしていました。職場では昇格試験があったりと、段々責任が重くなってきた矢先、緊急事態宣言で社内も混乱の中、体力の限界が来ました。「辞めよう。」ようやく、ここから、自分らしく生きていくと決めました。昔から、好きだった花、手芸や物づくり、絵を描いたり、音楽をしたり…何が自分にとって楽しいか、辛くないか…。気がついたら、ラタンを編んでいました。息子の後ろ姿を見ながら、ただひたすらラタンを編んでいたあの頃を思い出し、癒されました。実は辛い経験もあったマレーシアという国で出会ったラタン。ただ、辛いだけの経験で終わらせたくない。そんな思いもあるのかもしれません。当時は本当に毎日楽しくて、ラタンを100、200と編んでチャリティーイベントに出店し、完売させたこともあります。帰国後すぐは、友人に教えたり、販売したり、と楽しくラタン編みをしていたので、本来ならばそのような暮らしをしたかったことを思い出したのでした。日本に帰国後は籐の購入が難しく、さらに、籐編み自体、ブームが数十年前に終わっていたということもあり、探したのですが、籐編みの先生お近くにはいませんでした。ラタン編みをSNSで発信してからというもの、沢山の出会いに恵まれ、毎日楽しく暮らしています。激動の数年を経て、今は心穏やかにラタンを編んでいます。ラタン編みは癒し効果が高いのです。それからはラタン編みをさらに詳しく学び、他の勉強もしながら、楽しく暮らしています。いつも応援してくれている息子も自分の道を模索しながら、彼もまた海外で自分の道を探しています。これからは好きなことをして生きていても良い時代だと私は思います。好きなことは楽なこととは違います。ですが、好きなことだから頑張れると思っています。ラタン編みは自由に形作れるところがとても素敵で、ただただ無心になって編むことができます。ラタン編みで多くの人々が幸せを感じられますように。
テーマ: ブログ
ハンドメイド雑貨・手芸
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