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初めまして。青木貴志(あおき たかし)と申します。18歳から22年間、相模原 → 世田谷 → 江東区 と、それぞれの接骨院で 柔道整復師としての勉強をし、仕事場を 『相模原 清新』に開院いたしました。 人間は、大きなくくりとしては1つです。 腰痛・肩こり・けがなど、同じ症状ではありますが、『老若男女・生活環境・性格etc』によって カラダの状態刃、一人一人少しずつ違います。 私は、一人一人に応じた治療を 来院時、日々の変化を踏まえて対応していきます。(もちろん、じっと黙らず会話を楽しんでもらいます)バス停 清新小学校前 徒歩7分 グッディプレイス前 徒歩7分相模原市清新7丁目 あおぞら整骨院私のd神奈川県相模原市で生まれました。出産時、母子ともに負担が大きいとのことで、大学病院(北里)で誕生し、しばらくは保育器に・・・・。母は毎日病院まで来てくれたそうです。(いま、親になって当時の苦労がよくわかります)。両親には本当に感謝してます。 この仕事になぜ就いたのか? きっかけが小学校5年生の時にありました。当時ではどこにでもあった『対面式ブランコ』(ゆりかごみたいなやつ)遊んでいて足を床面に挟んでしまった 痛いっ!!病院では『打撲』と診断されたけど痛みが尋常じゃない !? 近所の方に紹介されて初めて『接骨院』へ。 先生は触れて診ただけで、診断は『第3・4中足骨不全骨折』。初ギプス・初松葉杖でした。レントゲンでもハッキリ骨に”線″が・・・ 接骨院の先生『柔道整復師』ってすごい。子供心に衝撃的でした。 当時は関東にも十数校しかない『柔道整復師』専門学校に通い、日中は接骨院で見習い勉強、夕方から学校へを3年間。学校は皆勤!!(頑張りました)。 6年間お世話になった接骨院の先生には、柔整師としての技術だけではなく、社会人としてどうあるべきか、言葉遣いから生活態度まで、1から教わりました。 世田谷の整骨院・カイロプラクティック院に勤めを移し、カイロプラクティックに触れ、治療に携わりました。院の長(学長)や各先生には、調整・矯正を学ばせて頂きました。 特にすぐ上の先生には『会話を楽しむ⇒会話が治療につながる、患者さんに会話を楽しんでもらう』大切さを、そして無口な自分を直して頂きました。 18歳から22年間、相模原 → 世田谷 → 江東区 と、それぞれの接骨院で 柔道整復師として 勉強 してきました。そして、平成27年3月末 仕事場を 『相模原 清新』 に開院いたしました。 人間は、大きなくくりとしては1つです。腰痛・肩こり・けがなど、同じ症状ではありますが、老若男女・生活環境・性格etcによって一人一人少しずつ違います。 私は、一人一人に応じた治療を来院時、日々の変化を踏まえて対応していきます。(もちろん、じっと黙らず会話を楽しんでもらいます)バス停 清新小学校前 徒歩7分相模原市清新7丁目 あおぞら整骨院
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