ブログをブロックする
ブログを報告する
【双子✖️発達凸凹キッズ】の個育て中5歳双子男児の母長男は自閉症スペクトラム次男はADHD傾向のあるグレーゾーンそして私自身もHSPHSPという気質から来る生きづらさと「双子×発達障害×ワンオペ×転勤族」というマイノリティな一筋縄ではいかない子育てにイライラガミガミ叱ってばかりだった私が学びを経てどのように変わっていったのか。私自身が悩んだ過去学んできた発達の知識意識や心の学び教育現場で500名以上の親子をサポートした経験等を活かし同じように悩むママの応援をしたい!という想いで活動しています。私がご提供している主なサービスは①ABAペアレントトレーニング講座・イライラガミガミ育児を卒業したいママパパ向け講座・ご家族、祖父母向け講座・支援者、企業向け研修②傾聴・ナラティブアプローチを用いた個別カウンセリング③潜在意識を活用したマインドの土台づくり(ノート術)「障害がある子を育てているから不幸」と思うのではなく「障害がある子を育てているけど幸せ」と思えるママを増やしたい子どもの未来を諦めない「子育て」も「自分の夢ややりたい」も諦めない両方叶えていくそんなママを増やしていきたいサポートしていきたいそれが私のミッションです※※※※※※※※※※※※※〜自己紹介〜◆生きづらさを抱えた子供時代私は、幼い頃から強い生きづらさを感じていました。(後にHSPだと分かる)・いつも周囲の顔色が気になる・人目ばかり気にしてしまう・他人の意見を優先してばかり・自分の意見がない・自分で決められない・繊細すぎる・気を遣い過ぎて疲れる・感受性が強すぎるそんな自分のことが好きにもなれず自己肯定感も低い子供でした。保守的な家庭で厳しく育てられた私いつも両親の顔色ばかりうかがっていました。親からすると手のかからない育てやすい「いい子」だったと思います。◆価値観を揺さぶった出会い高校2年生の夏部活の合宿で訪れた先で運命の出会いを果たします。東京からやって来た大学生グループ「ACT」彼らは自転車で全国1周をしている旅の途中でした。そのメンバーの中には車椅子に乗っている方もいました。車椅子で全国1周!!!当時の私は衝撃を受けました。彼らにとって、障害はただの個性であって大した問題ではなかったのです。・フラットなものの見方・常識や枠に囚われない価値観・自分で選択決定していく意思の強さ・行動力・周囲を巻き込む人間力HSPの私とは対極にいる彼ら私は自分の価値観を覆されたようなそんな衝撃を受けました。・いつか私も自分の意思で選択したい・自分のやりたいことをやってみたい・人の目なんて気にせず生きてみたい・気質や障害に関係なく誰もが生きやすい社会に暮らしたい...そんな想いがくっきりとはっきりと現れたのでした。◆最初の挫折高校3年生の冬私は、人生最初の大きな挫折を経験します。センター試験での失敗。特技がなかった私は勉強だけは真面目にしてきました。良い成績を取れば両親も喜ぶから。それなのに希望する大学には全く手が届かない...持ち点で受験可能な大学を探さないといけない。そこでも大学名に妙に拘っていた自分がいたのです。自分のやりたいことや好きなことより他人からの評価を気にする自分に愕然としました。◆大学時代私は広島大学の夜間主コースへ入学親元を離れての大学生活決して裕福ではない家庭環境の中奨学金を借り昼間はアルバイトを掛け持ち夕方から大学へ通う生活をしていました。しかしなぜか私が働くアルバイト先は次々倒産給与は未払いのまま幾つもの裁判に巻き込まれていきました。そんなこんなありながらも友人や恩師には恵まれ無事に大学を卒業することができました。◆就職〜人生で初めて生きることをやめたいと思った〜私は、新卒で大手自動車部品メーカーに就職しました。当時英語が大好きだった私海外支店が多いことから海外で働ける可能性が高いという今思えば単純な理由で入社したのです。周りは超有名大学の学生ばかり学歴もない特技も資格もない見た目も冴えない私がどうやったらこの会社に入社できるだろうと考えた私がとった行動...毎回の面接が終わるたびに(計5回の面接があった)持参したハガキにお礼を書き面接終了後帰宅前に会社の郵便受けに投函するという今思えばなんとも姑息な作戦で合格することができたのです。田舎出身の冴えない私が世界でシェアを誇る企業で働けることが信じられず希望と期待高い倍率に勝ち残れたという自信すら持っていました。しかしここでも生まれながらの気質が悪い方に働き大きな挫折を経験することになるのです。私は、なんと入社半年という短期間で会社を退職することになったのです。初めての社会人、組織、上司、先輩、同僚今思えばわからなくて当然できなくて当然だったのですが当時の私は周りの目や評価を気にし過ぎるばかりにいつも萎縮していました。失敗したらどうしようまたミスを指摘される常に緊張している電話に出るのも怖いいつも大声で怒鳴る上司が嫌い何かにつけて意地悪をしてくる先輩が嫌いみんなが私のことをできない奴だと思っている私は何をしてもだめだ価値のないできない人間そんなふうに思うようになっていったのです。いつも忙しい職場で深夜残業は当たり前みんながイライラ、殺伐とした雰囲気感受性が強い私は、負のエネルギーをどんどん感じついには心だけでなく体にまで異変が出始めたのです。ストレスによるホルモンバランスの乱れ動悸息切れ手の震え感情のコントロールができない眠れない7階のベランダで洗濯物を取り込んでいるとアスファルトに吸い込まれていくような感覚初めて生きることをやめたいと思った瞬間でした。もう限界。私はたった半年で会社を退職したのです。3年続かないならどこに行ってもダメそう言われていた時代です。この経験は本当に辛くずっと心に棘のように残っていました。◆転職その後転職し、教育業界へ塾や予備校の運営家庭教師の派遣などをしている会社でした。そこで500名以上の親子のサポートに携わりました。十人十色な子どもたちと過ごせた時間は今でも私の財産です。どうやってその子の力を引き出すかどうやってやる気にさせるかどうやって保護者の方のニーズを掴むのかそんな力と観察眼、傾聴力が養われました。それが今の私の活動にも役立っています。◆ツイテナイ仕事は楽しく順調でしたがプライベートでは次々と困難が起こりました。今では全て自分の心が引き寄せていたことだと分かります。またどれも必要な経験だったと感謝しています。・4年半付き合っていた彼と婚約解消・同時期に腫瘍が見つかり手術・続く身内の不幸・私を悩ませた家族の金銭トラブル収入増や安定を求め公務員になろうと決意し働きながら専門学校へ通うも意思の弱い私は継続できず数十万円の費用を無駄にしたこともありました。いつも行き当たりばったりで無計画継続できない意志が弱い私本当にポンコツな自分が情けなく恥ずかしい...元々低かった自己肯定感はさらに下がっていきました。◆結婚・不妊治療その後結婚するもなかなか子宝に恵まれませんでした。当時住んでいた四国での治療に限界を感じ神戸の専門病院へ転院することを決めました。治療に専念するため仕事もやめ体に良いと言われるあらゆることを試しました。ヨガ、ストレッチ、ツボ押し、針、お灸漢方、薬膳、サプリメント無添加生活しかし何をやっても妊娠しない。最先端の技術と日本屈指の医師に頼っても妊娠しない。やっと妊娠したと思ったらすぐに流産してしまう。その繰り返しでした。養子をもらうことを考えたこともありました。離婚を考えたこともありました。初めての分娩台は出産するためでなくお腹の中で亡くなった子供を外に出す手術をするためでした。後から結婚した友人がどんどん先に母親になっていく。どうして私は母親になれないのか。みんなには当たり前にできることが私にはできない。自分の努力だけではどうにもならないことがあるんだと思い知った数年間でした。◆妊娠・出産その後、諦めかけた時に双子を妊娠しかし経過が悪く約4ヶ月の入院生活をしながらやっと無事に出産することができました。二人の可愛い男の子の誕生です。二人同時に生まれてラッキーだなんて思っていましたが想像以上に過酷な多胎育児が待ち構えていました。人と同じことが大好き普通が安心だった私が双子を妊娠・出産したことでいきなりマイノリティの世界へ放り出されたのです。そして後に、長男は発達障害であることがわかり更なるマイノリティの世界へと足を踏み入れたのでした。◆引越し双子が生後6ヶ月の時に転勤辞令が出ました。縁もゆかりもない土地へと引っ越すことに。知り合いも頼れる人もいない中での初めての子育てがスタート正直1歳半くらいまでの記憶はありません。毎日生かすことだけで精一杯でした。多胎育児のワンオペは本当に辛くしょっちゅう泣いていました。公的なサポートを得るための申請にすらいけない近所のスーパーへ行くことすら大変公園に行きたくても連れて行けなくて窓際で日光浴させるのが精一杯でした。社会からまるで孤立していた私この孤独がいつまで続くのかそんな恐怖すらありました。◆双子揃って健診に引っかかる1歳半健診で言葉の遅れと多動を指摘されたました。なんと!二人揃って!(後に長男には診断名もつきました)ネット検索する毎日。そこでヒットしたのは「自閉症」や「発達障害」という言葉でした。まさかうちの子が?考えすぎだろうか?けれども、調べれば調べるほど、まるで我が子のことが書かれてあるのかと思うくらい特徴が似通っていたのです。どうしてうちの子だったんだろう?何がいけなかったんだろう?妊娠中にした何かがいけなかったのか?この子の未来はどうなっていくんだろう?何度も自分を責めました。長男に対しても、次男に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。普通という言葉が正しいかどうかはわからないけれどどうして私は普通に産んであげられなかったのだろう。これからどうすればいいの?家族で何度も時間をかけて話し合いました。そして私自身も自分との対話を繰り返しました。発達障害=不幸ではないということを証明したい。息子たちには、自信を持って生きていってほしい。自分を卑下しないでほしい。自分のことを好きでいてほしい。息子たちが「ママ」と呼ぶ声が私は大好き彼らの笑顔を守りたい。下を向いて生きるより何ができるかを考えよう。どうすればより生活しやすくなるのか?どんなふうに環境を整えてあげることができるのか?どんな力を伸ばしてあげればいいのか?段々と考えがシフトしていきました。我が子の存在が私を強くしてくれたのです。◆ペアレントトレーニングとの出会い療育がスタートし、定期的に通うことで、少しずつできることが増えていきました。けれども一方で、回数の少なさを物足りなくも感じていました。密なコミュニケーションをもっととってあげられればもっと効果があるだろうに、そう思ったのです。そんな時、ペアレントトレーニングに出会いました。 一緒に過ごす時間が一番長い私が、正しいコミュニケーションを学ぶことで家庭でも子どもの力を伸ばしていくことができるのです。数ヶ月続けるうちに変化が出始めました。言葉がゆっくりだった長男の語彙力がぐんと伸びたのです。二語文が三語文になり、単語量も増えていきました。そして私自身にも大きな変化がありました。それは、子どもの「良い行動」に注目することでイライラが減っていったのです。今まではできないことにばかりに注目していましたが子どものできたこと、頑張っている過程に注目を変えることで気持ちが穏やかになっていったのです。そして、私の態度が変わったことで、子どもにも変化が生まれました。以前より私の指示が通るようになりスムーズに行動に移せるようになっていったのです。子どもを肯定することで子どもの笑顔も増えていきました。関係性が良好になりどんどん良い循環ができていくのを実感できました。子どもを変えようとするのではなく変わってほしいと思うなら親が先に変わらなくてはいけない。ということを身をもって知ったのです。ペアレントトレーニングは誰にでも実践可能です。難しいのは続けていくこと。やめてしまうと子どもはまた元に戻ってしまう可能性があるからです。では続けていくためにはどうしたらよいのでしょう?私は 「ママの心を整えること」つまり、ママがぶれない子育ての軸を持つことが最も大事だと考えています。ママの気持ちに、子どもは簡単に引っ張られてしまいます。特に小さなお子さんの場合はそうです。ママの心の安定はとても大切なのです。そこで、私は単なる子育てスキルを広めるだけでなくマインドもセットにして伝えていきたいと考えました。それが私が提供している講座です。◆私にしかできないことスキルだけでなくマインドとスキルの両輪でサポートしています。私は医師でも心理士でもありません。医療の専門家ではありません。医学的治療はできません。けれども専門家には専門家にしかできないことがあり当事者には当事者にしかできないことがあります。繊細でずっと生きづらさを感じてきた私がどう乗り越えてきたのかどんな学びや意識が助けになったのか双子×発達障害×ワンオペ×転勤族のマイノリティな育児をどうして楽しめるようになったのか我が子の障害をどうやって受容していったのか同じ立場のママに寄り添うことができるのは専門家ではなく同じママだと思っています。一人で悩まず一緒に考えませんか?障害がある子を育てているから不幸?いいえ障害がある子を育てているけど幸せ!いろいろあるけど楽しいよ!そんなふうに思えるママを増やしたい。子どもの未来を諦めないママを増やしたい。そして子育てだけでなく、ママ自身の夢ややりたいもどんどん叶えていくそんな女性を増やしたいサポートしたいそれが私の夢であり、ミッションです。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★平ひかり★1985年生まれ、徳島県出身広島大学法学部法学科卒業ドッチボールサークル所属(やってたのは男女混合バレー)日本精工株式会社(NSK)入社役員秘書、営業事務、納期管理担当半年で退職株式会社WAOコーポレーション入社塾の運営補佐、受付事務、経理、イベント運営生徒指導、保護者カウンセリング等担当教育業界トータル8年3歳〜高校生まで対応発達凸凹キッズ、不登校キッズも担当のべ500組以上の親子をサポート日本語指導ボランティア6年JSHINE認定 小学校英語指導者薬膳マイスター発達科学コミュニケーション基礎講座受講発達科学コミュニケーション上級講座受講認定ABAペアレントトレーナー認定ABAセラピスト傾聴講習受講(山田豊吉先生)カウンセラーの聴き方研修講座受講双子ピアサポーターとしてNPO法人つなげるにて傾聴業務を1年担当ナラティブセラピーコーチングアドラー心理学前向き子育て(PPP)脳科学宇宙意識プログラム潜在意識プログラムなどを受講●2021年12月凸凹キッズママの場TOMONI立ち上げ(富山県にて)お話会やイベントを月に1回開催●2022年4〜9月「コペルプラス富山」さんとコラボ勉強会開催●2022年5月子育て情報誌「ハッピーママ」掲載支援が必要な子どもの情報サイト「comugicoclub」掲載●2022年6月富山凸凹きっず応援団結成他2団体とともに不定期にイベント開催中●2022年12月ABAペアレントトレーナとして起業広告なし/SNSと口コミだけで半年間で50名が受講●2023年4・5月黒部市任意団体「結生の家」さんにてペアトレ勉強会開催(全回満席御礼)●2023年4月「北日本新聞」掲載●2023年6月児童発達支援・放デイ「くじらぐも」さん企業研修実施●2023年7月富山県体感型交流会「すぽっと」にてスピーカーを努める●2023年9月〜「富山子ども発達チャンネル」出演その他インタビュー対談、雑誌掲載企業内部研修会講師などの案件もいただいております。♡趣味♡一人旅歴史散策・神社お寺お城巡り温泉巡り美術館巡り書くこと書き出しワーク読書喫茶店・カフェでコーヒーを飲むこと散歩・運動人間観察人の話を聴くこと新しいことを学ぶこと日本語ラップ(evisbeatsをこよなく愛する)♡好きな言葉♡一期一会死ぬこと以外かすり傷
テーマ: お知らせ
テーマ: 日本ペアレントトレーニング子育て支援協会
テーマ: 習慣形成、目標設定
教室・スクール
アメンバーになると、アメンバー記事が読めるようになります