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1970年5/25 九州小倉生まれ。2008/01下半身不随、車イス生活を医師から宣告される。新宿駅の階段をRIMOWAのスーツケース持って7・8段落下。腰を強打しそのまま救急車で緊急入院。3日の入院後、「貴方は自力では歩行できません」と突然宣告される。外科医である妻と大勢の友人の支えで、1年の治療とリハビリを超えて社会復帰。・車椅子→歩行器→松葉杖→歩行困難者→健常者ベッドの上で過ごす生活は、現実と思いたくない日々でした。看護婦さんの介助なしではトイレもいけないので、食事をしないようになりました。・なぜこんな事になってしまったんだろ・・・。・一瞬油断しただけでこんな事ありえないだろ・・・。・こんな身体じゃもう経営者としてはダメだな・・・会社どうしよ。・ピンチはチャンスじゃないのかよ・・。出口ないよ・・・。■人生の選択そんな混乱の中、嫁さんが3つの選択史をくれました。1.このままベッドで生活をする。 (このまま4週間以上寝たきりで復帰できなくなる)2.腰を切開して神経の圧迫部をどかす。 (1年間くらい運動ができなくなる。) 3.脊椎から麻酔を入れて痛くてもリハビリを開始する。 (リスクはあるし、痛いけどこれが一番復帰が早い)妻のススメで3をリハビリ開始を選択した。入院先のドクターもナースも「どうせ無理だよ」迷惑そうな顔をしていた。どうやら妻は毎日、外科医の知識で、ドクター達に治療方針の会議をしてくれていた。リスクがある治療なので、病院の外部から麻酔医が来て脊椎に麻酔タンクを埋め込んでくれた。メチャクチャ痛いんだけど、いくらか痛みが軽減された気がした。■約1年間のリハビリ治療生活に突入人間の身体は、長期に歩行しないとトコトン弱くなりまして・治療でどこもかしこも筋肉が弱り、ガチガチに硬化してしまった。・足裏はスッカリ弱り5分も歩くと真っ赤に腫れあがった。しかし、老人のような身体になっても自力で歩行できるだけで涙がでた。■このブログの目的私は、このリハビリ生活の中から絶対に社会復帰したら、やりたいと思う事が出来ました。・怪我前よりも健康になり、自分の足でフルマラソンを走る。・生まれてきた事に感謝し、社会に感謝し、もっと誠実に生きる。・身体に障害を持つ人たちが社会参加できる社会創りに貢献する。このブログは、私が自分自身との約束を記録するために記載しています。妻や、家族、一緒に働いてくれる友人やお見舞いに来てくれた人たち、ご心配をかけリハビリを支えてくれた全ての方達への感謝のブログです。
テーマ: ブログ
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