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千坂恭二
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千坂恭二
生年月日
1950年03月18日
性別
男性
血液型
B
出身地
大阪府
最新の記事
時の過ぎ去るがごとく
古都と首都機能都市
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2016年09月04日 09時41分
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到る処に私がいる
(Mixiのプロフィールから転載)
■中学生の頃は、仏教や老荘など空や無の思想に惹かれ、現世離脱の僧侶的志向を持つ反面、親独感情の強い反米・反ソ連派でした(ただし政治色はありません)。
■高校生、浪人生だった10代後半は、ボードレールの詩を読むと同時に1966年頃はフィヒテと北一輝に傾倒した国民的社会主義者であり、1968~69年の全共闘の季節は、高校2年生17歳の時にアナキズム(無政府主義)運動に参加しますが、回顧性を脱しきれない既存のアナキズムに不満と反発を持ちました。
バクーニン主義派の党的なアナキスト(アナーキスト)として、黒色高校生連盟やアナキスト高校生連合(アナ高連)全国委員長、大阪浪共闘の社会革命左派のリーダー、黒色ブント的なアナキスト革命連合(ARF)のイデオローグ兼ゲバルト部隊として活動。
大阪府警の「高校生公安特別要注意人物4人」の1人とされ、通告を受けた高校は驚き、私を強制卒業させました。浪人生のまま大阪外大、大阪教育大、大阪芸大、関学大、関西大、京都大、立命館大、龍谷大などでの封鎖や夜襲、解放区闘争その他のアナ革連(ARF)のゲバルト闘争に参加し、逮捕歴は2回。
当時の闘争スローガンは「反国家主義、反共産主義」「沖縄解放、南樺太・千島解放」であり「米帝国主義・白色国家主義打倒、ソ連・中共スターリン主義・赤色国家主義打倒」でした。
1970年に上京し1987年まで東京に居りました。
■1970年6月の反安保闘争とその後のブランキスト的バクーニン派としての活動を経て、存在論的な喪失体験を持つ。
高卒の「独学・独断・独行」で「戦後最年少のイデオローグ」(『読書人』の記事。この時の写真がトップにアップしてあるもの)として21~25歳の頃は総破壊的革命論、バクーニン論、ネチャーエフ論、ブランキ論、サヴィンコフ論から既存アナキズム批判、マルクス批判、トロツキー批判から文芸批評や映画批評についての文章を『情況』『現代の眼』『映画批評』『現代思想』『図書新聞』その他の商業媒体や大学新聞等に書き、また講演や研究会を行っていました。
■1970年代後半、年齢的には26歳以降はアナキズムやバクーニンから離れ、ドイツ観念論やドイツ・ロマン派からヘーゲル左派、ニーチェやワーグナー、シェーンベルクを経てエルンスト・ユンガーやハイデガーまでの近・現代のドイツの思想や文学、芸術に至りました。中でもユンガーやワイマール時代のドイツ右翼の保守革命や国民ボルシェヴィズム(極右の左派)、ファシズム(ドイツ・ムッソリーニ派からナチスやナチス左派)について執筆し、日本では蓮田善明や三島由紀夫、日本浪曼派、アジア主義、北一輝に取り組みました。日独以外では、フランスのカトリック系の超反動思想家ジョセフ・ド・メーストルやロシアのやはり超反動派のコンスタンチン・レオンチェフなどに親しんでおり、ラディカルな左右の革命や維新の思想と共にウルトラ保守反動思想についても理解を持ちます。
■70年代半ば以降は非転向の国内亡命の意志を持ち続け(実態は無頼派的で自堕落なヒモの日々?)、80年代以降は世間から距離をとり没交渉的で鴨長明的な隠遁の日々をおくっていました。
■1990年、戦前・戦中の中野正剛の東方会機関誌『東大陸』の正式な再刊に協力。『東大陸』誌は1970年代前半の右翼民族派による反核防闘争の一員で戦前の愛郷塾長の橘孝三郎の最後の弟子でもあり純正ファシストである畏友の牛嶋徳太朗氏が旧東方会要員の公認を得て再刊。同誌にドイツ・ナショナリズム論やアルミン・モーラー論、蓮田善明論、皇后ポナパルティズム論その他を寄稿。
■20歳前後の頃は、既存の公許アナキズムから「アナルコ・ボルシェヴィスト」「アナルコ・ブランキスト」と評され、20代は書評子から「アナルコ・ニヒリスト」といわれ、30代は完全な隠遁状態で世間とも無縁だったことから「アナルコ○○」とは縁遠くなっていましたが、約35年後の50代半ばを越えた2007年、『en-taxi』誌において絓秀実氏から「アナルコ・ファシスト」と親愛の情をこめて命名されました。
■政治や著述活動の経緯から左翼(極左)にも右翼(極右)にも友人や知人はいますが、1980年以降は現実の政治や運動にはノータッチで、若い頃に読んだエンリコ・マラテスタの反議会主義の影響でもなく、ただ面倒なだけですが投票の経験もありません。
■現在、思想的テーマとしては「近代の超克」「物象化論」、文学的テーマとしては「美的モデルネ」、歴史的テーマとしては「アジア主義」「第二次世界大戦の枢軸側の理念」、社会的テーマとしては「全共闘や新左翼、アナキズム、右翼民族派」などに関心があります。
■1950年生まれなので正確に言えば、所謂「団塊の世代」ではなく、ポスト団塊の最初の世代です(団塊世代は1949年生まれまで)。団塊世代としばしば重なる内容でいわれる「全共闘世代」についても、年長世代(67年以前世代。当時、院生や学部上級生)と年少世代(69年以降世代。学部下級生、浪人生、高校生)があり、私は年少世代になります。年長世代と年少世代の間には、これまでほとんど誰も指摘していませんが、同じ組織に属し、同じ理論的立場にあったとしても、感覚的な断絶に近い違いがありました。哲学でいえば理想主義とニヒリズムの違いのようなものかもしれません。
■最終学歴は大卒になりますが、1969年に京都の某国立大学の入試に落ち浪人生となり、45歳になった1995年に元日大全共闘崩れの友人に誘われるままに暇つぶしに立命館大学(哲学思想)に入り卒業(一応、学部の首席卒業でしたw)するまでは最終学歴は高卒でした。大学院(社会思想史)に進むつもりでしたが、面接担当の産業社会の石油開発史の教授とちょっとした論争になり、迂闊にも彼を完膚無きまでに論破してしまったため不興を買い不合格。私を誘った友人は専攻は別ですが何とか大学院に進学し、今は京都の某私大の非常勤講師(日本文学)をしています。
■哲学への関心は強く、当初はもっぱらナーガルージュナ(龍樹)などの仏教哲学に親しんでいましたが、高校生の頃にニーチェやハイデガーを読み、存在論への関心が深くなり、その後も前ソクラテス期のパルメニデス的存在論における非存在や無(というより無存在あるいは存在無というべきか)について興味があります。
また時間についてもさることながら空間の存在にも関心があり、空間とはどういう事態なのか、空間の無とか無空間とはどのようなことなのかということなどにとりとめもない素人的愚考を重ねたりしています。
■離婚歴があり、現在は独身。子供はいません。酒は飲みません。ヘビースモーカーでしたが、10年以上前に禁煙に成功。気さくな性格で人見知りはせず、開放的で、到ってフェミニンです。歳の関係で涙腺が弱くなったのか涙もろくなりました。若い頃から世話をかけ続けた高齢になった母親との二人暮らしの生活をしています。
■一日の大半は惰眠を貪るかダラダラと読書三昧で過ごすことが多く、無為と退屈の持つ静けさと時間の緩やかな流れをこよなく愛しています。実際は単なる怠け者にすぎないのかもしれません。
読書以外で純然たる趣味といえば、ごくたまに散歩に出ることで、携帯したMPEGムービー・カメラで散歩コースを動画撮影している昨今です。いつも歩いている道も、映像で見ると、また違った新鮮な感じがします。もっぱら大阪をはじめ神戸、京都、奈良などを歩きながら撮影し、一人で「近畿ふれあい街歩き」をしています。
■興味のある事柄・人物
●事柄
退屈、倦怠、隠棲、後日譚、余生、挿話、残党、廃墟、伝統、無底、無根拠、貨幣、物神崇拝、偶像崇拝、唯美主義、世紀末、近代の超克、天孫降臨、八紘一宇、世界革命戦争
●思想
新プラトン主義、ドイツ神秘主義、ドイツ・ロマン派、ドイツ観念論、ヘーゲル左派、否定神学、サバタイ主義、スラヴ派、プルードン会、四季協会、ドゥルティの友、ゲオルゲ派、コンスル組織、国民ボルシェヴィズム、フランス・コラボ、イスラム原理主義
●日本思想
華厳、浄土教、融通念仏、住吉大神、国学、儒学、崎門派、京都学派、日本浪曼派、玄洋社、黒龍会、東方会、アジア主義、国家社会主義、無政府共産党、農村青年社、全共闘、ブント
●哲学者・思想家・作家・評論家その他
紀貫之、良忍、鴨長明、北畠親房、本居宣長、山崎闇斎、富永仲基、北村透谷、陸羯南、三宅雪嶺、中野正剛、北一輝、大川周明、高畠素之、八太舟三、西田幾多郎、三木清、高山岩男、小林秀雄、保田與重郎、伊東静雄、蓮田善明、三島由紀夫、出口裕弘、花田清輝、廣松渉、松田政男
世親、龍樹、老子、荘子、揚子、列子
パルメニデス、プロティノス、エックハルト、ベーメ、メーストル、ハーマン、ヘルダー、シラー、ノヴァーリス、F・シュレーゲル、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル、シュティルナー、B・バウアー、プルードン、ブランキ、バクーニン、マルクス、ショーペンハウアー、ニーチェ、ボードレール、マラルメ、バレス、モーラス、コンスタンチン・レオンチェフ、ソロヴィヨフ、K・バルト、M・ヴェーバー、ゲオルゲ、ホフマンスタール、ムージル、H・ブロッホ、C・シュミット、E・ユンガー、ハイデガー、ガダマー、E・G・ヴィンクラー、ルカーチ、アドルノ、ベンヤミン、ショーレム、A・モーラー、K・ボーラー、メニングハウス、M・フランク、アーレント、ヴェイユ、バタイユ、ブランショ、クロソウスキー、グラック、ウィンダム・ルイス、パウンド、ジョイス、フォークナー、H・ミラー、E・グラッシ、ダヌンツィオ、ドリュ・ラ・ロシェル、ブラジャック、ルバテ、P・アンドリュー
●日本史
皇室制度(天皇制)、古代官都(難波長柄豊埼宮、難波京)、荘園史、社寺史(住吉大社、四天王寺)、姓氏家系(津守氏、摂津源氏、蒲池氏)、南朝史跡(住吉行宮、吉野行宮)、満州国、日独伊三国同盟、革新官僚、近衛新体制、陸軍参謀本部、厚木航空隊、日本赤軍
●世界史
中国史(魏晋南北朝時代)、イスラム史(バクダード・カリフ朝時代)、モンゴル史(北元・タタール時代)、ロシア革命と内戦史(マフノ黒軍、サヴィンコフ緑軍、トロツキー赤軍、ウランゲリ白軍)、スペイン内戦史(アナキスト左派、ファランヘ党)、戦間期ドイツ史(義勇軍エアハルト旅団、青年保守派、国民革命派)、ナチス史(突撃隊、ナチス左派、黒色戦線、経済政策、ホロコースト問題)
●歴史人物
神功皇后、坂上広野、源満仲、源仲政、土岐光基、石川義兼、津守国夏、平野忠勝、馬場信春、千坂景親、蒲池鑑盛、蒲池鎮漣、蒲池鎮克(窪田鎮勝)、窪田鎮章、都筑馨六
オドアケル、テオドリック、宇文泰、バトゥ、アユル・シリダラ、トゴン・テムル、エセン、アルタン、ダヤン
●音楽
ワーグナー、ブルックナー、マーラー、シェーンベルク、ウェーベルン、M・レーガー、クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラー、雅楽
ファウスト、カン、クラフトワーク、トリアンビラート、スコーピオンズ、M・シェンカー
私には一人の戦友がいた、ジョヴィネッツァ(青春)、抜刀隊、空の神兵、海ゆかば、嗚呼神風特別攻撃隊、青年日本の歌(昭和維新の歌)、全共闘の歌(第七旅団の歌)、ワルシャワ労働歌、インターナショナル、国際学連の歌、練鑑ブルース
●美術
グリューネヴァルト、北方ルネサンス、C・D・フリードリヒ、ネーデルラント絵画、モロー、ラファエロ前派、ベックリン、ドイツ表現主義、幻想絵画、抽象絵画、浮世絵、溪斎英泉、葛飾北齋、歌川広重、到津伸子
●その他
雅楽(天王寺舞楽)、住吉踊り、融通念仏狂言(清涼寺、壬生寺)、鶴和子(フラメンコ)
●俳優
天津敏、江見俊太郎、ヴォルフガング・プライス
●歌手
松尾和子、松田聖子、田中陽子
●現代女性
雅子妃、小谷真生子、佐島直子、重信メイ
●社寺、城郭、他
難波京史跡、住吉大社、四天王寺、大念仏寺、多田神社、壷井八幡宮、通法寺跡、叡福寺、大阪城、姫路城、松本城、彦根城、高取城跡、良清寺、崇久寺、柳川城跡、蒲池百八人塚
●庭園、公園
慶沢園、太閤園、住吉公園、中之島公園、大阪城公園
●武術・武道
少林寺拳法、義信流拳法(柔術)、扱心流体術
■参加
●現代思想研究会(やすいゆたか氏主宰)
●雑誌『悍(HAN)』編集委員
■トップの写真は21歳頃のものですから1971年頃のもので、当時の『読書人』に載ったものです。撮影現場は東大に近い本郷界隈で、アシスタントが銀盤をかざしたりしたため、芸能人の写真撮影かと思った人が何人も覗きに来て、当然ながら失望して引き返していきました。
それまでは背中まで毛を伸ばしていた長髪でしたが、少し前に髪を切り写真のように短くしたようです。当たり前ですが、現在からすると本当に若いです。この時から約40年経った現在、当然、それ相応の自然史的な変化をしています(笑)。
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