『やらないで後悔するより、やって後悔しよう。1の才能9の努力。1%でも可能性があるなら挑戦してみる。』 これが私の信念です
第1章 踊りとの出会い~私の原点~私の地元函館には
「いか踊り」があります
いか踊りをこよなく愛する私・・・ 私の踊りの
原点はいか踊りなのです!
人見知りで引っ込み思案だった私は、
いか踊りを踊るときは生き生きしていました!
親戚が集まる中、ちゃぶ台をステージにし、一人思いきりいか踊りを踊った!!
これが私の
初舞台
しかし、そのころはこのような道に進むなんて誰も思っていなかった。
第2章 バレエとの出会い体を動かす事が何よりも好きだった。幼稚園時代は、
水泳とピアノを習ってました。
そんななか、
体操教室にも通いたいと思っていました!
母にお願いしてみると、近所の
バレエ教室に見学に行ってみることになりました。
家の習い事の条件は、
一人で通える場所にあること!…体操教室は遠かったのです。
見学に行ってみると、すぐさまやりたいと思いました。もともと踊るのも好きだったし、体を動かせれば満足だったのです

7歳の時でした!
それから、二年に一度発表会があり、私の舞台は
ちゃぶ台から市民会館の小ホールになりました。
決してレベルの高い教室ではなかったけれど、踊れることだけで幸せでした。
第3章 ミュージカルとの出会い~そしてプロの舞台小学校の時は、
水泳、ピアノにプラスして、
バレエ、英語、習字を習ってました

全部自分がやりたくて、母にお願いしてやってました☆
だから、すべてが楽しかった。遊ぶよりも、習い事が楽しかった。
小学6年の時、ピアノの先生から、
市民ミュージカルの話を聞き、参加させてもらいました!
練習は大変だったけれど、毎回楽しかった

初めての
ミュージカル!
大好きになった!
このとき私は初めて
大ホールに立ったのです

それから、
劇団四季のCATSが観たくなり、母にお願いしたがそう簡単にはいきませんでした

しかし、多忙の中、
中学受験をした私・・・
もちろん
桜は散った。
落ち込んだことはあまりなかったが、このときは2,3日落ち込んでいました。
それを見た母は、
CATSのチケットを手配してくれたのです☆
その瞬間、泣きやみました(笑)
母と二人で札幌旅行!!今でも覚えてます。
CATSを観た私は、感動しました。いや、感動という言葉だけでは足りない!!
とにかく、
プロの舞台は凄かった

スケールもでかく、ダンスもうまく、落ち込んでいた私に、生きる勇気をもらいました
第4章 レベルアップ中学に入って、考えが少し変わってきました。入学時点で行きたい高校は決まってました。
入った部活は
吹奏楽<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜" />
習い事は
水泳、ピアノ、バレエ。
しかし、高校受験は絶対失敗したくなく、
塾に通いたいとお願いしたら、何か一つ習い事をやめるというのが条件になってしまいました。
悩んだあげく、
水泳とさよならしました。
塾は、個人塾~成績上位者の為の私塾~とつくぐらい厳しかったです。
勉強以外でも、しつけが特に厳しかった。でも成績はぐんと良くなりました☆
私の家庭学習の時間は朝5時から

自分なりに頑張りました。人の3倍やらないと、私の頭は人並みにならないから・・・(笑)
そんな中学二年の時、
市民バレエの舞台に参加しました。他のスタジオの子と一緒に出ることで、とても刺激をうけ、もっとうまくなりたいと思いました。
先生も、他でやったほうが環境もいいのでもっと伸びると思っていたみたいで賛成してくれました

そして、
小さなバレエ教室からバレエスタジオに移りました

最初はついて行くにも大変でしたが、週2回だったレッスンは4回になり、踊ることに喜びを感じました。
発表会も大ホール。スケールも違う。このスタジオで
レベルアップできました

前よりも多忙になったけれど、成績もよくなり、受験の時も一度も習い事は休まず、発表会とも重なったけれど、
高校は合格できました

私が小学4年生くらいから行きたいと思っていた高校。
父の母校でした!
第5章 進路中学3年生ころから、
宝塚の存在を知り、行きたいと思ってました。
しかし、
宝塚の後には、
劇団四季に行きたいと思ってました。
私の親は…反対。大学に行ってほしい。ただし、宝塚も学校なので、宝塚なら行ってもよい。。。。
大学で勉強したいこともありました。でも勉強はいくつになっても出来ます。
そこで、9月にあった
劇団四季のオーディションを受け、駄目だったら大学受験と宝塚受験をするという約束をしました。
オーディションの結果は・・・
合格<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="!!" />
そして宝塚の資料も取り寄せ悩みました。
宝塚の合格発表の日と、劇団四季の入所の日が一緒だったのです。
自分の性格は、どっちにあっているだろう。
宝塚のあとには四季に行きたいと思っていたし・・・・
そして、私は
四季を選びました。
今思うと、受験だけでもすればよかったと思いますが。
第6章 四季時代毎日、
バレエ、ジャズ、開口発声などレッスンがありました。
それは甘くはありません。
しかし、そんなのも楽しかった。
最大限に努力する環境がある。ほんとに行って良かったです。
辛い稽古を経て立てる舞台は、本当に感動で、お客様の幸せそうな顔をみるとたまらなくなります

仲間も沢山でき、
幸せな日々でした。
第7章 退団後~これから退団してからは、
映像演技も勉強したく、ミュージカルなどに出つつも、一年間の
俳優の養成所に通いました。
お芝居にも目覚めました

そして、今に至ります
第8章 加藤裕美この中ではすべては書ききれないけれど、このような人生を送ってきました!
この仕事をしている、目指しているのは、もちろん好きってことが大きいですが、私が6年生の時に感じたように、
自分が舞台に立ったり、映像に出たり、雑誌に出たり、何か表現をすることで、沢山の人に元気と勇気を与え、幸せになっていただけたらな。と思いやっています。
なんでも良いんだ!
一人でも多くの人に幸せになってほしい。
今の世の中、悲しい事件も沢山あるけど、そんな中でも小さな幸せをお配り出来たら、私も幸せです

そんな
女優を目指して、これからもがんばります

応援よろしくお願いします
最後に、今、こうしていられるのも、家族をはじめ、諸先生方、友人、先輩、後輩、これを読んでくださってる皆様や、私に関わってくださるたっくさんの数えきれないくらいの方々のおかげです。本当にありがとうございます☆