バイクで野宿が大好きな、団体職員です。
毎年夏は愛車SR400で日本中を野宿しながら旅して回り、絵を描いてます。
長女は筋ジスで、特支学校へ元気に通ってます。
長男は重度の口唇口蓋裂ですが、保育園の年中さんで、言葉の教室へも通い、発音の練習中。
次男はまだ1歳にもなってない赤ちゃん。未熟児で生まれました。
妻は、その次男の妊娠中に根治不可能で何度でも再発する脳腫瘍が見つかり、現在2回目の手術&入院中。
従って僕は、この不況下でもクビにはならずに介護&育児休暇中。
2010年現在
新しい家族が増えました。その名も「えんじ」
可愛いネコちゃん。
乗る機会のないさかな丸はさびだらけ。
ゆめは施設入所。
たったは矯正歯科と口腔外科に加えて、弱視と斜視の矯正で医大へ通院中。
けっとは順調に成長中。でもやっぱ、未熟児で生まれたからか、身体が弱いなぁ。
ママは、脳腫瘍の成長が一時停滞中。もはや外科手術は出来なくなり、放射線治療も終了したが、効果なし。かろうじて抗ガン剤が効き、微妙に平行線。
僕は2年ぶりに復職し、寝不足の毎日。
2011年7月
発作の処置から不手際もあって、ママは意識不明の状態に・・・
あれから1ヶ月半。入院して、身体管理をし続けています。少しずつ回復してきたけど、もはや会話も出来ず、ただ、生きているだけの状態。同室の認知症のご老体と、何ら代わらん状態。
加えて、8月14日、僕のミスでゆめが心肺停止。
専門病院へ運ばれ、集中治療。
3日で無事にkちらの病院へ転院。PICU入院中なるも、順調に回復中・・・
僕は、少しずつ、生きる気力を喪失中
2011年12月23日 午後0時4分
妻が、4年間の闘病を終えて旅立ちました。
意識不明になって半年。
「冬休みまでは何とか頑張ってくれないか?」
(だいじょうぶだよ)
意識不明の妻は、テレパシーで答えてくれました。
そして、ちゃんと冬休みの始まるその日に、静かに逝きました。
家族思いの、最高の妻でした。
一方でゆめは、妻が亡くなったその日の朝に一足先に呼吸困難でPICU入院。いまだ退院ならず・・・