私は昭和34年(1959)12月19日三重県松阪市の農家に長男として生まれました。 農家の長男ですから当然 「跡取り」 と、期待されて育てられました。
実家では米、野菜。親戚では果物などを作っていました。それらの農作物を私は、収穫後の一番美味しい時に食べて育ちました。今でも、夏の暑い日に食べたもぎたてのトマトや胡瓜、茄子。冬、手が凍えそうになって収穫したキャベツ、大根、レタスなど、幼い頃から故郷で食べてきた旬の農作物の味は決して忘れません。
農家とはいっても、専業で食べていけるほどの規模ではなかったので、兼業として農家を継ぐのには学校の先生になるのが一番でした。小さい頃から学校の先生になると決め、教育学部を受験して、先生になる事を目指していました。
残念ながら教育学部の受験には失敗してしまったので、先生になることはあきらめて大学を卒業。就職したのは 「ハウス食品」 でした。27歳で、大手量販店の本部担当となり、23億円もの売上を達成したので有頂天になりました。しかし、当然の事ながら周囲との軋轢が生まれることとなり、意に反して地方転勤となってしまいました。 ハウス食品では、その後の人生で基礎となるべく“営業力”を身に付けさせてもらいました。また、生涯の伴侶を得ることも出来ました。しかし 「転機」 が訪れたのです。
1989年、当時あまり主流ではなかった転職を決行。「M&Mチョコレート」に転職しました。当時は 「自分には営業力がある!」 と自信満々でしたが,転職したとたん、今まで気軽に商談してくれていた人達は、掌を返すように遠ざかって行ったのです。 「自分の力もこの程度か…」 と打ちひしがれましたが、もう一度初心に帰って一から出直しました。この一からの再スタートで自分を見直すことが出来、立ち直れました。
1996年、「ハイネケンジャパン」 で、営業部長として業務用ニーズの世界を知り、翌々2000年には、「ヒーシュタントジャパン」 で、セールスディレクターとしてホテルルートの営業を指揮することになりました。通算20年の会社員時代、量販店、コンビニ、鉄道売店、問屋、業務用、食の流通に関しては全て経験することができました。
2002年 「ウィンキューブインターンショナル」 を設立しました。
きっかけとなったのは小さい頃父から聞かされていた 「こんなに美味しいものを都会の人にも直接食べさせたいけれど売る方法が分からない・・・」 が頭にこびり付いていたからでした。当初は、地酒のコンサルティングから始めて、数年後には、食材全般にまで広げることができました。さまざまな業態の方々と商談を重ねてきました。 全く相手にされなかった事もありました。
この8年間の地方食材を預かり、流通の方々と商談をしてきた中で気付かされた事が沢山ありました。今、地方食材の新たな流通を開拓・実践しています。地方が元気を取り戻さないと、日本は死んでしまいます。次代を担う子供たちのためにそんなことがあってはなりません。 私は、「食で日本を必ず元気にできる!」 と信じています。 その思いを胸に、これからも積極的に活動を続けて行きたいと考えています。