Wild Out
俺が自分らしくいようって思ったのはどれくらい前かな??!!
西武に入団した当初、今のチーム事情とは違い
「こうすべきだ」「こうしちゃいけないぞ」と教えてくれる人は
いなかった。。。
すべて自分が決めなくてはいけない状況で俺は躓いた。。。
それから約3年ゲームには出られず、私生活もパッとしなく
俺は何者でもなかった
そんな3年目の、あれは忘れない12月のある日
チーム内で俺が引き起こしたある事件で目覚める。。
それまではおとなしくみんなに合わせて行動し
プレーでもみんなと同じようにしなきゃと思っていた
でもその事件を機に”俺は俺のしたいようにすればいい”と
思うようになった
なぜかは分からないけど、俺は自分自身を理解したよう感じた
それからは自分でも面白いようにプレーが違ってきた
それまでは控えの選手のように過ごし、たまに出番がくると
「足、動かない」とか「モチベーションね~よ」と思ってた
それが自分を見つけてからは違った
「いつでもこい」、「準備はできてる」
今でも覚えている
俺が控え選手だった時に釧路でのクレインズ戦
1P出番なし、2Pで6点差つけられ、勝負はついていた
その時俺に出番が・・・
俺は一言センターに「初めてのシフトだから、俺に走らせてくれ」って
ディフェンスなのに「ダンプしてくれ」「俺が追いかけるから」って
それまでの俺なら「もうやる気ね~よ点差ついたからって出すなよ」
そう思っていたと思う
ただこの時は点差がついても俺のゲームは終わってなかった
必死に走って、チェックして、シュートまでかました
俺は思った”この感じだ、ずっと忘れてたけどこれだよ”
それからは3Pまで出番がこなくても、じっと我慢して
出番が来たときにはスパークした
それが認められたのがルーキーから5年目だった・・・
それでもシーズン当初は3セット目ギリギリで
パワープレーには出られず、イーブンの時しか出られなかったのを
よく覚えてる。。
シーズン中盤、苫小牧での王子2連戦
チームのパワープレーの調子が悪く、そこにやっと俺の出番が来た!!
2戦で、1G,1Aまぁ悪くない数字だった。。
そこからがやっと俺の出番だった
当初、やっと出番がきたのはわかっていたが
俺は自分がどうしたいのか、まだ分からずにいた
”何がしたい?どういう風にしたい?”
それはラビッツの先輩達にも教えてもらったところもある
みんなをめちゃくちゃ笑わせてくれる人
バカを前面に出す人、キレた時に隠そうともしない人
すべていい勉強だった。。
みんなはどうかわからない!!
「おもしれー」とか「何キレてるの??」それだけかもしれない
ただ俺はそういうのを見て
内心悔しかった。。。
「おいおい冗談じゃね~よ、この人達は最高じゃね~か!!」
「俺ももっと自分自身、思ってる事をだしてもいいんじゃね~か」
そう思い、2度目のスパーク。。。
いい先輩達じゃなかったけど。。。笑
マジに彼らは最高だったよ
そういう意味では俺も彼らの仲間に入りたかったのかもしれない
そこで心残りがひとつ・・・
リーグで優勝できてないこと
俺はずっと自分に”自分が出てリーグ優勝しないと彼らの仲間には
入れない”と思っていた
それが最後までかなわなくて本当に悔しい
ロッカールームで喧嘩もしたし、ゲーム中もした
そこまで俺が自分自身を持っていけたのは先輩達の力もあったと思う
そうこうしてるうちに自身2度目のチーム消滅。。。
俺は自分がコントロールできない事にはあまり興味はないけど
この時ばかりはマジにありえないと思ったね・・・
”人生困った時には誰かが助けてくれる”
これは海外でプレーしている、海外で働いてた
俺の2人の先輩が同じフレーズを言った。。
今こっちに来て、本当に彼らはすごいなと思う
これからどんな場所、環境、人、に行ったり、会ったり
するかわからないけど、俺は自分が何者か見せるだけ
そう!!
これからも”派手にうるさく俺の人生を出しつくす”
まさにWild outそのものだぜ!!