濱田靖生(はまだやすお)と申します。
私が治療家という仕事をしているのは、施術後元気になった患者様の、喜びと驚きを共有させていただくことに、生きがいを感じているからです。
幼少の頃は病弱でしばしば病院に通っていました。
父が転勤族だったため、本当にたくさんの病院でたくさんの先生に診てもらいました。
このことが今の自分に何かしら影響を与えている部分はあるかもしれません。
自分が弱かったためか強さに対する憧れが強くなり、ウルトラマンやゴジラ等の怪獣、恐竜に夢中に。
小学生の頃憧れの対象がプロレス・格闘技まで広がり、現在は総合格闘技を中心に観戦しています。
特に寝技・関節技に対する関心が強く、観戦のみならず実践も経験しました。
大学卒業後会社勤めをしていたものの、「ここは自分の居場所ではないな」という思いは常にあり、自分の天職を模索する日々をすごしていました。
ちょうどその頃、関節技を学ぶうちに体の構造に対する興味が出てきました。
漠然とですが治療家の道を少しずつ意識するようになったのもその頃です。
30歳の時、練習中に頚椎を損傷。
やった瞬間に手足が動かなくなり、救急車で運ばれる大怪我でしたが、入院・手術・リハビリの甲斐あって半年後に社会復帰に成功。
「この経験を生かしたい!」
「自分のように怪我をして苦しんでいるスポーツ選手をサポートしたい!」
そんな思いから治療家(整体)の道を志すようになり、東京療術学院に入学。
ここで各種整体・カイロプラクティック・運動医療・スポーツコンディショニング等を学びました。
しかし入学時に思い描いていた“卒業時の自分”と現実の自分との間におおいなるギャップを感じたため、平成17年の12月に卒業してからも、引き続き勉強会・セミナーでレベルアップを図ることに。
そんな時に自然形体療法の存在を知り、全く痛みを与えず、それでいて効果が高いというこの療法を学ぶことを決意。
当時浜松にあった日本自然形体療法専門学院にて教えを受けました。
そこは学校と言うよりも、内弟子として修行を積むという形式で、研修中は厳しい師匠の目の光る中で朝から晩まで練習漬け。
こと細かい部分までダメ出しを受け続ける日々。
ある程度上達してからは患者様への施術もしながらの研修でした。
東京と浜松を往復しながらの合宿研修は大変でしたが、平成20年11月に無事開業許可を取得。
平成22年3月に、多摩市聖蹟桜ヶ丘にてBronco自然整体院を開院と相成りました。
1人でも多くの患者様の、健康と笑顔の再生のお手伝いをさせていただけることを願いながら、毎日施術しています。
聖蹟桜ヶ丘の整体院 完全無痛の【Bronco自然整体院】