プロフィール

ニックネーム
手塚宏樹@司法書士
性別
男性
誕生日
1976年1月4日 0時頃
血液型
O型
出没地
小平市
職業
自営業

自己紹介


会社登記簿変更ドットコム


手塚司法書士事務所サイト


相続登記専門サイト


【プロフィール】 

【一つ目の顔】
司法書士。宮城県仙台市出身。
新卒で入社した証券会社を1年で退職し、バックパッカーとなるも「自分探し」に失敗。再度就職した総菜屋では店長をまかされるが、人間関係に悩み短期で退職。人生の一発逆転を狙い、妻に「落ちたら離婚」とプレッシャーをかけられる中、見事一回の受験で合格。その経験を買われ、自身が通っていた資格試験予備校から全科目担当のメイン講師として招かれる。担当クラスから一発合格者を多数輩出。
現在は司法書士事務所を経営。従来型の司法書士とは異なった営業ノウハウをもとに短期間で軌道に乗せ、業界で現在注目されている相続分野にいち早く取り組み、講演・執筆活動なども積極的に行っている。



【二つ目の顔】
遺言の作成を通じて相続争いを予防し、家族の絆を守る「遺言作りの職人」。
実家の相続争いにまきこまれた苦い経験から、相続専門家としての道に進み、全国300名以上の相続専門家とのネットワークを構築。
暗号のような戸籍の読み解きをこれまで3000件以上行ってきた経験に基づき、家計図より浮かび上がる様々な人間模様からトラブルの芽を嗅ぎ分け、遺言作成による相続争いの予防をアドバイスする。「遺言は保険と同じ。元気なうちに準備しろ」や「妻への最高のプレゼントは『全ての財産を妻に相続させる』と書いた夫の遺言」など、相続について現場経験に裏づけされた独自の思想を持ち、遺言作成により、相続争いで崩壊する家庭や相続手続で苦労する相続人をなくすことを生涯の仕事とする。



マイプロフィール

出身地
宮城県
お住まいの地域
東京都
職業
自営業
出身校
立命館大学,仙台第一高等学校
ホームページ
http://office-tzk.info/

定番

趣味
推理小説。落語。ヘヴィメタル。プロレス。
長所
年上の女性(基本的に自分より30歳以上)と仲良くできること。
短所
年下の女性とあまり仲良くなれないこと。
ちょっと自慢できること
本を読むのがちょっとだけ早いこと。ちょっとだけです。
最近ハマっているものは?
ブログ更新。
まず家に帰ってすることはなに?
子どもの無事を確かめる。
平均睡眠時間は?
最近は6時間くらいかなあ。一時期3時間睡眠に挑戦したことも。
口癖は?
おっし。
ブログの更新頻度は?
1日1回~20回。
ブログに何書いてる?
司法書士の仕事(相続、遺言、登記)。くだらないこと。
何フェチ?
コテコテぎっとぎとのラーメン。
座右の銘は?
わしが男塾塾長 江田島平八である!
集めてるものは?
自分を応援してくれる人。
Sですか?Mですか?
腹まわりをのぞけばSサイズ。
○○なタイプです
癒し系かなあ。

好き嫌い

好きな食べ物は?
タイカレー。
嫌いな食べ物は?
いくら。
好きなスポーツは?
プロレス(鶴田が史上最強)。野球(阪神ファンです)。
好きなアーティストは?
クイーン。ゲイリームーア。ランディローズ。
好きなマンガは?
男塾。
好きな雑誌は?
登記研究(ウソ)。
好きな本
時計館の殺人:綾辻行人。世界の終りと~:村上春樹。
好きな映画は?
Mr.ダマー:ジムキャリー
好きなテレビ番組は?
全日本プロレス中継(実況はもちろん若林アナ!)
好きな曲は?
爆勝宣言:橋本真也のテーマ曲
好きなゲームは?
オクトパス(ゲームウォッチ)
好きな場所は?
モンゴルの大草原。
好きな動物は?
イルカくん。
好きな休日の過ごし方は?
読書。ひたすら読書。
好きな色は?
みどり。
好きな言葉は?
一気呵成。

その他

一つだけ願いが叶うとしたら?
1年間バックパッカーしたい。
何をしている時が幸せ?
家族でごはんを食べているとき。
どうしてもこれだけは譲れないものは?
とくにないです。
デートでいきたいところは?
夜景のキレイなところ。
宝くじがあたったら?
寄付! っていうか買わない。
尊敬する人は?
父母。
前世はなんだと思う?
小鳥。
世界最後の日、あなたは何をしていますか?
慌てふためいている。
自分を動物に例えると?
動物占いはライオンでした。
自分へのご褒美は?
読書の時間。
幸せを感じる瞬間
子どもと遊んでいるとき。
最近一番感動したことは?
子どもが生まれたこと。
子供の頃なりたかった職業は?
宇宙飛行士。
ここだけの話
整理整頓が苦手です。
携帯の機種は?
分かりません。auであることは確かです。
お弁当に絶対いれて欲しいおかずは?
たまご焼きでしょう。
生まれ変わったら?
小鳥でしょう。
今までで一番高い買い物は?
司法書士専用ソフト100万円!!!!!!
今からでも挑戦したいことは?
エベレスト街道に行きます。モンゴルにゲストハウスを所有。
今一番欲しいものは?
広くて都心に近い事務所。
今、旅行でいきたいところは?
古代インカ帝国。
あなたにとっての必需品はなに?
メモ帳。ウォークマン。
1ヶ月毎日食べるとしたら何?
白米しか考えられません。
○○依存症です
自己啓発本依存症ですね。
好きなプロレス技1
ジャンボ鶴田の「相手をロープに振ってかがみこむ」
好きなプロレス技2
若林アナの「涙が出る~!」
好きなプロレス技3
藤波辰巳の「雪崩式リングイン」及びその後に食らうリキラリアット

私が司法書士になるまで。

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遺言作成、相続手続きを中心とした不動産登記、会社設立等の商業登記を主に取り扱っている司法書士です。
なんで司法書士になったのか・・・。
私のこれまでの人生はご覧のとおりです。


<略歴>
生まれたときは東京でした。
西武池袋線のひばりが丘に住んでいました。

2歳のときに宮城県の仙台市に引っ越しました。
親の転勤でした。

宮城野区の清水沼というところにずーっと住んでいました。
親は転勤族だったのですが、
なぜか16年間も仙台支社に在籍していました。
今になって思うと、転勤の連続より、
少年時代をひとつの場所で過ごすことができてよかったと思います。

宮城野中学校時代は、(その年頃の子供にしては)背が高かったので、
バスケット部に入っていました。
身長は、中学2年で止まりました。
現在170cmです。
※若干サバを読んでいるので本当は1~2cm低いです。

仙台第一高校というところに入りました。
とてもおかしな学校で、
・校内土足
・なのに掃除が学期末のみ
・そして男子校
・鼻毛伸び放題
・バンカラをきどっているが、単に汚いだけ
・入学式のときに、司会の先生から
 「今年は生タマゴ禁止!」と注意がある。
・先生はたまに赤ら顔
・女の子に興味があるが、話しかけることができない。
・中学校の卒業アルバムが好き

こんな感じです。
バスケットの才能はないとあきらめ、
高校ではヨット部に入りました。
仙台は松島に近いのでそこの海でたわむれるのです。
松島というと、キレイなところをイメージされるかもしれませんが、
海は汚いです。
そこに1年生は放り込まれます。
ずいぶんと危険な遊びをしていましたね。
ヨットは高校以来乗っていませんが、
またやってみたいと思っています。

ヨット部というのは、土日のみの活動でしたので、
平日はヒマです。
ヒマなので、ギターを始めました。
ヤマハ音楽学校に週一回通って、
毎日何時間も練習していました。
ロックのわりに結構マジメです。
ボウイのほか、ブルーハーツも全盛期でした。
ライブハウスを借りてチケットを手売りして、
そういったなんやかんやが面白い頃でした。

高校卒業時、ほとんどの友人は
「一浪して東北大学」
というコースに進みます。

私は一浪なんてかったるいし、
みんなと同じもつまらないと思って、
立命館大学に行くことにしました。

国際関係学部というわけの分からないところに
入ってしまい、結局、今もってどういう学問であったのか
分かりません。
一人暮らしまでさせてもらって、
こんなありさまで、
両親には申し訳ない気持ちでいっぱいです。


ただ、勉強以外の部分については、
とても恵まれた大学生活でした。
国際関係というだけあって、
帰国子女が多く、
先輩がインド人だったり
(その人は電通に入ってカレーの企画をやったとかやらないとか)、
韓国の友達や、
いろんな人がいました。

1回生の冬休みにアイルランドのダブリンに行き、
1ヶ月のホームステイを体験しました。
そのおかげかどうかわかりませんが、
外国を旅行しても不自由はしないくらいの
英語はできるようになりました。
※知り合った人と世界情勢について
 語ることは不可。

大学でも音楽は続けておりましたが、
さすがにブルーハーツもどうかと思いましたので、
ゴスペルなどやってみました。
コーラスのバンドでギターを弾いていたのです。

ジャズなど聴き始めたのもこの頃です。

それでもやっぱりロックは好きなので、
エアロスミスとか、
レニークラビッツとか、
そんなのをコピーしたり、
オリジナルの曲を作ったりして、
京都のライブハウスで演奏していました。
その頃は髪も長く、
今よりもちょっとだけ痩せていました。

就職活動も終わった大学4回生の夏休み、
とくにすることもないので、
バックパックを担いで東南アジアに向かいました。
最初はインドネシアのジャカルタです。
空港についたときの薄暗さ・アジア独特のニオイを
今でも思い出します。
沢木耕太郎さんの「深夜特急」に影響を受けたクチですので、
また、リッチな旅行をするほどのおカネがあるはずもないので、
当然安宿に泊まることになります。
1泊数百円のゲストハウスに泊まり、
ドミトリーで出会った世界各国の旅行者と
酒を飲んで、バカ話をした(おもに女の話。各国共通)ことで、
今でも外国人の人とすぐに打ち解けられる要因かなと思います。

ジャカルタからジョグジャカルタへ行き、
なぜかその後バリまでは行かずにジャカルタに戻り、
長距離バスでブキティンギという小さな町を経由して、
スマトラ島を北上、メダンの町まで行き、マレーシアまで飛びました。
シンガポールにはライオンしかないと聞いたので、
行かなかったのです。

マレー鉄道で北上し、タイのバンコクまで行きました。
電車の旅というのも風情があって、
窓から顔を出していると、「世界の車窓から」のような感じです。
夜行列車でしたが、とても清潔で、
車内で食べた夕食もナプキンとナイフ・フォークという、
ちょっと贅沢な雰囲気です。
国境を越えるときにパスポートチェックや、両替をするのも
日本では味わえない感覚でした。

タイではグリーンカレーばかり食べていた、
わけでもなく、やっぱり移動移動の連続でした。
どうも、電車やバスで移動すること自体が好きみたいです。
トゥクトゥクという三輪車で市内を回るのも大好きです。

チェンマイ、チェンライといった北部の町まで行き、
トレッキングなどしました。



新卒で入社したのは日興證券株式会社(当時)です。
兵庫県の西宮支店に配属になり、個人富裕層を対象として
株式や債券や、投資信託などを販売するのが仕事です。
営業エリアには芦屋というお金持ちの住む町があり、
豪邸に無謀にもポスティングなどしていました。

1年半ほどで日興證券を退職し、
その後、またまたバックパックを担いでしまいます。
大阪の南港からフェリーで上海まで2泊3日かけて行き、
そこから半年におよぶ放浪生活が始まりました。

上海から西へ向かい、洛陽、西安。
そこから東へ北京まで。
北京からモンゴルへ行こうと思い立ち、
現地でビザをとり、
電車のチケットが満席でとれないため、
バスで国境の町まで行きました。
このバスが臭いのなんの。
国境の町で、ダフ屋から電車のチケットを買い、
モンゴルのウランバートルまで行くことができました。

モンゴルは、都市部からクルマで数十分走ると、
もう草原地帯が広がっています。
ゲルという遊牧民の白いテントにステイさせてもらいましたが、
羊の内臓鍋には度肝を抜かれました。
それでも、夜空にキラメク星の数は
日本のそれとは比較にはならないほど多く、
星が「降ってくる」ような感覚です。

モンゴルから中国に戻り、
電車・バスで2週間くらいかけて高山病になりながらもチベットまで行き、
そこが旅の終わりでした。


中国旅行から帰ってきて、
働き始めた会社が
株式会社ロックフィールドです。
東京の国立店で店長を2年ほどやり、
その経験からブログのタイトルをつけました。
本当に毎日毎日コロッケを揚げていました。
コロッケだけでなく、
そうざい、弁当いろいろです。
社員というのは、私ひとりで、
あとは年代の様々なパートの女性に
手伝ってもらっていました。
人を使うというのはこのときがはじめての経験でしたが、
本当に難しかった…(泣)。
当時25歳の若者が、
下は高校生、上は50代の、
10数人の女性を管理するのは酷なものがあります。
…今でもあまりやりたくないですね。

いつまでもコロッケを揚げているわけにもいかない、
結婚もしたし、この先どうしようと、
けっこうお先真っ暗的な感覚を持っておりました。

退職するにあたって、
三社目に転職をするかと検討しましたが、
それまでの経緯から自分にはサラリーマンは向いていないと思い、
独立するしかないと考えました。
しかし独立するといっても、
何ができるというわけでもない。

であれば資格をとるしかないのではないか、
じゃあ何の資格か、
本を読んだり、
受験予備校のパンフレットを読んだり、
いろいろと研究して、
弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、行政書士…
資格といっても、さまざまなものがあることがわかりましたが、
どれがやりたいのか。
裁判とか数字の話はどうも違う。
そんなとき、司法書士の業務として「相続、遺言」というのが
目に飛び込んできました。
コレダ、コレナノダ。
と直感的に感じ、
司法書士になることに決めました。
そのほかには、資格をとってから、開業するまでの期間が
短そうだということも決断の要因です。

コロッケ屋さんの退職の手続きをしたのは、
結婚してわずか半年のことでした。

そこから1年半、早稲田セミナーで勉強し、
「落ちたら離婚」と、
妻に脅されたおかげか、
1回の受験で平成16年に合格しました。

合格後は、世田谷の司法書士事務所で1年ほど勤務させていただき、
仕事を覚え、平成17年の9月に独立しました。

カネなし、コネなしの29歳での独立開業でしたので、
不安だらけでしたが、
相続・遺言を中心にお仕事をいただき、
今にいたっています。

現在は東京都の小平市に事務所を設けております。
平成20年には「相続アドバイザー協議会」の認定会員にもなりました。

独立と同時に資格予備校の早稲田セミナーで講師をつとめ、
司法書士試験の受験科目すべて(11科目)を担当しました。


※長文でしたが、読んでいただきありがとうございます!



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