こんにちは「高井智久」です。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
少しでも、
「気持ち」を「良く」していただけたら嬉しいです♪
仲の良い人からは「高井ちゃん」と呼ばれているので、
是非是非、「高井ちゃん」と呼んでくださいね♪
■中学・高校では・・・
男子校という世界で楽しく過ごしました。
バスケ部に所属し体力と脚力が、
自慢のポイントガードをまっとうしました。
指示をするより、
走り回るのが得意でした・・・(笑)
■大学では・・・
大学に入り会計学を勉強しながら、
学部バスケ部に所属し日々練習する。
(日大の学部の体連なので、サークルに近い感じ)
1年生の11月、
祖母の一回忌をサボり孫泰三(孫正義の弟)さんの
ミニ講演会を聴きに行き衝撃を受ける。
(自分の人生は自分で切り開くんだと想うようになる。)
その影響で、会計学とバスケをやめて、
ITベンチャーで働き、ほぼ修行のような形で鍛えてもらう。
企画・ビジネスマナー・諦めない。。。といった、
私の基本的な「スキル」や「マインド」はここで構築されたように想います。
今でも本当に本当に感謝しています。
20歳の誕生日をオフィスで仕事をしながら迎え、
社会って厳しいなぁと想ったのを覚えています(笑)
2年生の夏が空け社会に出ていたという経験から天狗になり、
周りの友だちへの接し方が横柄になり、
人間関係が不安定になりプチ引きこもりを経験する。
この頃、人の「心」について興味を持ち始め、
「哲学」「宗教」「モチベーション」「自己探求」
等の本・セミナー・講演会との出逢いが始まる。
■就職活動期に・・・再びインターン♪
2つの大企業インターンを経て、
●長く同じところで働くことが難しい。
●自由に好きな事をして人を喜ばすことを仕事にしたい。
といったことを考え、普通の就職を断念し、
「フードライター」「つぼ焼き職人」「刀鍛冶」
なんかに興味を持つ。
人に気を使いすぎる性格だからか、
一人になりたかったんだろうなぁ・・・(笑)
■志のシッポを見つけた時・・・
3年生の時に、松田一完に出逢い。
いわゆる成功哲学や、人が感動する仕組みや、
コミュニティや企画の作り方
などを初日から5時間レクチャーしてもらい感動する。
ずっと、ずっと、
こういう話が聴きたかったし、
こういう話が出来る大人になりたいと想っていたと、
自分がしたいことを再認識する。
この頃、
様々な人の相談にのるために、
「心理学」「脳科学」「帝王学」などを一生懸命勉強する。
●現代の帝王学・・・お勧めの本です!
■NPO法人設立・・・そして、解散・・・
NPO法人を大学4年生で設立し、
「遊」「学」「旅」の循環の中で、
20代の若者が夢を持ち、応援しあう、
教育系NPOコミュニティ活動をする。
●セミナー(リーダーシップ・コミュニケーション)
●コーチング(仕事・コミュニケーション)
※この時期に初めて、コーチングのクライアントを持つ。
●イベント(500人キャンプ、幻の島、)
などを開催するが、
2年と持たず財務面が成り立たなくなり、
法人を解散させる。
ここら辺で、更なる社会の厳しさを知る。
●やりたい事をする為には、力をつけることが大切。
●全力を尽くした上で、人に頼ることが大切。
という事を学ぶ。
上手く行くと想っていた事業が上手くいかず、
社会から必要ないとレッテルを貼られたような気持ちになってしまい、
あまりに辛かった。。。
ので、
沖縄に逃避旅行に出る。
正直、死にたいとか、
想ってた時期ですね。
夢とか、やりたいこととか、存在意義とか、
見失うと、こんなにも辛いのかと、
生きてるだけで辛いという事の意味を、
これでもかと味わった時期でした♪
石垣島のきゃんぷ場の
おいちゃんに話を聴いてもらいながら、
海の音に、数え切れない星空に癒されながら、
ただただ、流れる時間に身を任せた時期。
※因みに、このおいちゃんは神戸の不動産会社の社長さんで、
すんごいお金持ちでした。
趣味で石垣島でキャンプ場をしているそうです♪
人生から商売まで色々教えてもらいました♪
■少しずつ、自分が分かったきた時期・・・
お金にそこが付いたのと、
高橋歩さんに「東京に帰って働けよ」と、
当たり前の事を言われて、すんごく悔しかったことをきっかけに、
東京に帰ってきました。。。
日々頭の中を駆け巡った言葉は、
「それでも、何をしたら良いのか分からない。」
を中心に取り巻いていたように・・・
お金が全然なくて、
毎月の家賃を支払うのやっとの生活・・・(笑)
レストランウェディングでアルバイトをさせてもらい、
体を動かしまくるとともに、
沢山の感動シーンに包まれることにより、
「体」「心」ともに立ち直りつつ・・・
やっぱり、組織に入ると、
出世が早かったり、気に入られることが多いと、
自分の一つの才能にも気がついた時期でした。
その頃、
再び
やっぱり、
人生を通じて命をかける何かがしたい。
という、想いが湧いて湧いて止まらなくなり。。。
それを見つけるために・・・
色々な人に会いに行くようになり、
以前からお世話になっていた
経営者にこんな事を言われる。
(学生に無償で活動拠点を提供する
ちょっと、変わった素敵な方です。)
「高井君、君にやりたいことなんかみつからないよ。」
「だから、安心して考えなさい。」
激しく動揺し、
恥ずかしながらその方の前で涙が止まらなくて、
何度も、すいません。と謝ったのを覚えている。
実はその方、
松田さんが信頼する方で、
メンターのような人。
涙でよく観えなかったけど、
優しい目で僕を観ていたように想う。
そして、
「高井君は、しばらくここに来てはいけないよ」
と、優しく突き放してもらい・・・
今では、感謝しかありません。
その後、
あまり覚えていないですが、
新宿の街を歩きながらひとしきり涙を流しきると、
何故か心が楽になりました。
やりたい事がみつからない人生なんて、
つまらなすぎるし、
生きている意味なんてないんじゃないか。
でも、
やっぱり何がしたいか分からない・・・
何をしたらいいのかも分からない・・・
それにしても、
死んだも同然の人生だな、こりゃ。
と・・・
そう想えば想うほど、
人生を諦めれば諦めるほど、
掴んで放さなかったものを、
手放せば手放すほど
体の力が抜けて楽になりました。
もう、なんでもいいや。
と想ったら、
何となくこう想いました。
「夢を追っている人を応援したい」
世の中には、
夢を追って上手くいっていない人がたくさんいる。
でも、夢もない僕からしてみれば、
夢を追ってる時点で幸せじゃん!
彼らを応援することで、
自分自身の心の癒しを求めていた時期・・・・
沖縄に逃げていた時期に見つけたかったものに
身近な、大切な仲間達のお手伝いをすることで
近づいたのかもしれません。
●チラシ製作・名刺製作・企画オーガナイズ
を行う。
・自分が何をしたいか
ではなく・・・
・応援したい人が困っていることは何か
と、
・自分に出来る事は何なのか?
を考えたら、
・企画書製作(学生から少々作っていた)
・チラシ製作(経験はない)
出来ると思い当たり、
イラストレーターをパソコンにインストールして、
とにかく、無料で友だちのチラシを作りまくった。
半年ほど、
ほぼ、毎日徹夜で作っていたら・・・
チラシ製作で、
ご飯が食べれそうになりました・・・
(助けてもらう中で、やっとのことでした。)
その頃、
「なんのために産まれてきたのか」
を少しずつ考えるようになり、
「チラシを創るために産まれてきたわけではない」
と想い出す。
この頃、
曙橋のフレッシュネスバーガーで、
松田さんに「夢とは信じることである」という事について、
教えてもらったりしました。
■改めて、志と一つに・・・
自分の夢や志と向き合う時、
いつも、心の中に迷いや葛藤が生じていました。
私は出来ることが多くあります。
(広く浅くといったタイプの人間です。)
だからこそ、誰かの役に立つことは得意になりました。
しかし、
「自分の個性」や「自分にしかない強み」については、
自信を持つことが出来ず、
日々、ただただ一生懸命生きるという感じでした。
そんな中、
ずっとやってきて、
気がつけばいつも、
「そうしたい」
と想っていたことがありました。
それは、
「コミュニティを創りたい」
更に、
「世界中に調和を軸にしたコミュニティを創り続けたい」
というものです。
その為に、
自分自身が出来ることを楽しく行っていきたい!
そう考えています。
一番小さく、
誰もが一番最初に体験するコミュニティは
「家族」
だと思います。
やがて
「地域」「経済社会」「民族(言語)」「国」「宗教」「大陸」などなど
コミュニティの大きさは変化していきます。
どの、コミュニティの軸をとっても
「家族ほどに大切に想いあっている」
そんな状態が築くことができれば、
世の中は「幸せ」なのではないか?
そう想っています。