自己紹介
大阪など関西を中心に店舗や住宅のデザイン 設計を行っているデザイン設計事務所:
インリィプロダクツ 代表。店舗設計で常に心がけている事は業種業態などのジャンルを問わず、とにかく「流行る」お店を創ること。インリィプロダクツURL :
http://www.inly.biz/【略歴】
“生誕”
大阪は堺のかなりディープな下町で、言い方を変え
ると情緒のあるバラエティに富んだダウンタウンで
(下町には変わりないけど)魚屋の息子として生ま
れる。
“生後90日前後”
いきなり保育所へ入所。家業の魚屋が忙しかったた
め、親が迎えに来るのはいつもボクが最後だった。
遊ぶ友達が先に帰ってしまうから、一人遊びが得意
となる。
“8歳の頃”
工場跡地で遊んでいるときに、錆びた釘が足の裏
に貫通。痛さよりも親に怒られる事を恐れ、隠してい
たら夜中には脚がパンパンに腫れる。結局、余計に
怒られるハメに。
“小学3年?頃”
とにかく本を読むこととMTVのミュージッククリップを
観る事が好きだった。ときどき、空中の見えない敵と
戦う。
“小学5年頃”
自転車で琵琶湖一周旅行へ出発。
出発日の夜には迷子に。
日本全国地図と堺市の地図しか持っていなかった
のがダメだったようだ。
“中学生頃”
ダッシュ勝平に憧れてバスケ部入部。いくら練習し
ても勝平のように秘技「アカネシュート」が打てるは
ずもなく、そしてあかねちゃんというヒロインも存在し
ないという事実に打ちのめされる。
“高校生頃”
アメリカンフットボールがしたくて、浪速高等学校へ
入学。当然、アメフト中心の毎日だった。
“なんとかかんとか神戸の大学に進学&一人暮らし”
と言っても大学へはご飯を食べに行くだけで、朝は
建築現場の作業員、夜は飲食店員といった、ほぼ
アルバイトだらけの生活を送る。飲食店のバイト先
で出会った先輩(
花門亭社長坂平氏)に店舗デザイ
ナーなる職業があると教えてもらい、志すようになる
“阪神淡路大震災にあう”
当時住んでいた下宿マンションが半壊。住めなくな
ったので大阪へ戻る。
“大学四回生”
昼間は
infix インフィックスの間宮氏の許で働かせ
てもらい、夜間のデザイン専門学校へダブルスクー
ル。そして大学四回生。二足ならぬ三足のワラジを
履く。当時は何とも思ってなかったが、その話をする
とすごく忙しい生活をしていたんだ、とよく勘違いさ
れる。いや、あのぅ、そういう事にしておこうかな?
“社会人”
infixの後、数社設計事務所で経験を積む。独立前
の設計施工の会社では月に十数件の物件を一人
で担当し、設計のみならず施工管理まで行なってい
たので非常に勉強になった。
その間に、infixの先輩だった
中村郁子と出会う。
そして結婚。子供ができるまでは二人で毎日のよう
に飲み歩き、そして泥酔。
“inly products 設立”
中村と共にinly productsを設立。「inly」の意味は
「心の~」とか「気持ちの~」の意味。
いつの間にか設立から10年以上経っている。
“そして現在”
おかげさまで楽しく生きてます。
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inly products インリィプロダクツ
藤井孝洋(フジイタカヒロ)
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