所在地 新宿区須賀町五番地
主祭神 須佐之男命 (須賀大神) 八方百難除 厄除 方位除 等の神様
宇迦能御魂命(稲荷大神) 商売繁昌 等で有名な神様
合殿 大鳥神社 日本武命 開運・金運招福等で有名な神様
天日鷲大神 江戸三大酉の市の1つに数えられていた
11月の酉の市 熊手守 等でも有名
摂社 天白稲荷社 倉稲魂命 商売繁昌 等で有名な神様
末社 大国社 大国主命 恋愛成就 家内円満などが有名な神様
大国様の 福が来る福俵をさわる事ができる
須賀神社はもとは稲荷神社でした。その稲荷神社は、往古より、今の赤坂、一ツ木村の鎮守で、清水谷に有ったのを、後寛永11年に江戸城外堀普請の為、今の所を替地として拝領し、移し奉ったものと伝えられています。
須佐之男命の鎮座の儀は、寛永14年、島原の乱に日本橋大伝馬町の大名主 馬込勘由(まごめかげゆ)と云う人が、徳川幕府の命に依り、兵站伝馬(戦時輸送)の御用を務める事となり、その際、日本橋伝馬町の守護神である須佐之男命(神田明神内)に祈願をし御用を行ったところ、無事務めを果たし、その功績により、現在の四谷の中心部一円の地を拝領する事ができました。これひとえに須佐之男命のおかげと 寛永20年 地元民の総発意でよつやの氏神様として勧請し、翌寛永21年6月18日に前述の稲荷神社に合祀し、御両社として祀る様になりました。
俗称は 四谷天王社と云い、明治維新まで親しまれておりましたが、明治元年に須賀神社と改称され今にいたっております。
社名の須賀とは、須佐之男命が出雲の国の簸の川上に 八岐大蛇を討ち平らげ給い、 『吾れ此の地に来りて心須賀、須賀し』と宣り給いて、宮居を定め給いし故事に基づき名付けられた名称です。
稲荷大神は 五穀豊穣 開運招福 商売繁昌 の神様として、 須賀大神は 暦神 又 土木建築 悪魔退散 諸難・疫病除けの神様として 古くから庶民の信仰を集めてきました。そのような事から 須賀神社は 古くより 厄除・方位除・八方百難除などの御祓いが多く行われてきました
