プロフィール

ニックネーム
YASUHIRO HAYASHI
誕生日
1982年9月16日

自己紹介

よく遊び、よく学び、よく寝て、よく食べる、よく飲む

そんな僕です。

マイプロフィール

お住まいの地域
東京都
ホームページ
http://

定番

趣味
カメラ、スキューバダイビング、読書、ミュージカル、音楽
長所
噛みついたら離さない
短所
自由すぎるところ
ちょっと自慢できること
会社から徒歩15分で通えること
最近ハマっているものは?
CNN STUDENT NEWS
まず家に帰ってすることはなに?
お風呂
平均睡眠時間は?
6時間
口癖は?
すみません
ブログの更新頻度は?
不定期
ブログに何書いてる?
日常生活と多少の妄想
何フェチ?
においフェチ
座右の銘は?
謙虚に
集めてるものは?
ワンピース単行本
Sですか?Mですか?
仕事はS、プライベートはM
○○なタイプです
たぶん、変人 そして変態だと思う。

好き嫌い

好きな食べ物は?
から揚げ定食 焼肉定食
嫌いな食べ物は?
お寿司 (外人から『日本人なの?』と言われた)
好きなスポーツは?
マリンスポーツ ジョギング サッカー(下手だけど)
好きな男性タレントは?
玉木宏 (前に勤めた会社のイメージキャラクターだった)
好きな女性タレントは?
堀北真希 木村多江
好きなアーティストは?
西野カナ GLAY ミスチル
好きなマンガは?
ワンピース スラムダンク 
好きな雑誌は?
日系ビジネス
好きな本
いろいろ
好きな映画は?
いろいろ
好きなテレビ番組は?
アメトーク
好きな曲は?
いろいろ
好きなゲームは?
ドラクエ、FF
好きなブランドは?
ポールスミス バーバリー
好きな車は?
ジャガー(一度乗ったことがあるけど、めっちゃいい)
好きな場所は?
公園
好きな動物は?
猫、犬
好きな休日の過ごし方は?
公園に行って、いいなと思った風景を写真をとる 
好きな色は?
紫 
好きな言葉は?
継続は力なり
好きなタイプは?
誠実 まっすぐ信じてくれる人
嫌いなタイプは?
人の悪口を言う人

その他

一つだけ願いが叶うとしたら?
100億円即金で自分の口座に振り込んでください
何をしている時が幸せ?
静かな部屋で読書 音楽を聴きながらうたた寝
どうしてもこれだけは譲れないものは?
自由な生き方
デートでいきたいところは?
公園
宝くじがあたったら?
一戸建てを購入
尊敬する人は?
たくさんいます
前世はなんだと思う?
エロガッパ
世界最後の日、あなたは何をしていますか?
何も考えずに海を眺める
好きなブログは?
たくさんあります 日々いろいろチェック
自分を動物に例えると?
土佐犬
自分へのご褒美は?
ちょと高級なお食事 
幸せを感じる瞬間
いい写真を撮ったとき おいしいご飯を食べたとき
最近一番感動したことは?
公園で子供が転んでも僕は泣かないもんといって立ち上がったこと
子供の頃なりたかった職業は?
野球選手 政治家
ここだけの話
変人です
携帯の機種は?
ソニー
お弁当に絶対いれて欲しいおかずは?
卵焼き
生まれ変わったら?
女性
今までで一番高い買い物は?
ダイビングの器材一式
今からでも挑戦したいことは?
世界一周
今一番欲しいものは?
お金
今、旅行でいきたいところは?
オーストラリア
あなたにとっての必需品はなに?
携帯 手帳
1ヶ月毎日食べるとしたら何?
鍋 特にキムチ鍋ならOK
○○依存症です
ネット依存症

私の履歴書

YASUHIRO HAYASHI(はやしやすひろ)

1982年9月16日(0歳)
藤沢市民病院にて産声を上げるはずだったが息をしていなかったため、緊急入院。しばらく箱に入れられていたらしい。まさに急死に一生を得た。

1989年4月(6歳) 平成元年
平戸台小学校に入学。小学校の入学テストらしきものがあったようで、そのテストで「電車」と応えられなかったら、特別学級に入ることになっていたらしい。大変泣き虫で、人前に出ることが大嫌いだったが、僕が小学校3年生の時の担任だった遠田先生に見出され、才能を開花させた。というか、無理やり人前に立つはめになり、その後の僕の人生が大きく狂ってしまった。

1995年(12歳) 
平戸中学校に入学。他の私立中学校を受験するも全て不合格になり、公立中学校へ行くことになった。あまりにもふがいない自分が許せなくて、その年、毎日3時間ほど勉強や読書に明け暮れた。矢島先生に才能を見いだされ、生徒会長に推薦。これだけは本当にやりたくなかったのだが、断り切れずやるはめに。正直、精神的にちょっとおかしくなりそうだったが、この経験がその後の人生に大きな影響を残した。

1998年(15歳) 
光陵高等学校に入学。他の私立高校を受験するも全て不合格になり、公立高校へ行くことになった。中学受験に失敗した教訓を生かしきれず、自分の精神的な弱さを鍛えるために剣道部へ入部。毎日、軍事訓練を受けているような感じで、精神面で強くなった。ただ、中学時にレベルの高い塾の教師から教えられていたせいか、高校の教師の教え方があまりにもヘタクソでレベルが低すぎたことに愕然とした。当然、学問には興味が持てず、読書とヘタクソなピアノに明け暮れた。

2001年(18歳)
フリーターへ。他の私立大学を受験するも全て不合格になり、フリーターになってしまった。中学、高校の受験に失敗した教訓を生かしきれず、自分の存在が何なのかさえわからずふるえていた、そんな18の夜。浪人し、もう一度自分を見つめ直すため、本を100冊以上読み、受験勉強も激しくやった。しかし、途中で受験勉強の無意味さに気がついて、おなじみのヘタクソなピアノをひいたり、本を読んだり、音楽聴いたり、映画見たり、適当に過ごした。

2002年(19歳)
慶應義塾大学へ入学。まさに奇跡が起きた。モーゼが海を真っ二つにしたような奇跡が起きてしまった。この年、法科大学院が設立され、法学部人気に拍車がかかり、人気のなかった経済学部に照準を絞って勉強した戦略が功を奏したのかもしれない。テニスサークルとワグネル男声合唱団へ入部。合唱サークルでは責任者という統率する役職へ就任。低迷を迎えていた男声合唱の再興と復権を果たすべく尽力した。当時、四連で「雪明りの路」を歌い終わった後、一瞬の静寂、その後のお客様からの割れんばかりの拍手は今思い出しても感動で背筋がふるえるほどのものだった。

2006年(23歳)
日本電気株式会社へ入社。特に製品に興味があったわけではなく、なぜ、自分が入れたのかいまだによくわからない。ちょうど景気がよく学生が企業を選ぶ時代だったので、随分就職がしやすい環境だった。しかし、現実は厳しく上司はうつ病で倒れ、自分も毎月100時間以上の残業をすることが多くなった。この時、サラリーマンとは何か、働くとは何かということについて真剣に考えるようになった。

2009年1月(26歳)
某化粧品株式会社へ転職。前職の経理経験をかわれて入社。大企業から転職することはまずあり得ないことなので、入社した時には随分好奇の目でみられた。女性が多い職場でそれだけで精神的に大変だった。

2010年10月(28歳)
昇格し、現在に至る。最近は、足が遠のいている男声合唱の練習に参加しようというかOBから参加してよという誘いがあり、仕事の合間を縫って参加しようと検討中。


アメンバー

アメーバに会員登録して、プロフィールをつくろう!