プロフィール

ニックネーム
長谷部矩子
性別
女性
誕生日
1970年3月21日0時頃
血液型
A型
出身地
千葉県千葉市緑区
お住まいの地域
神奈川県
職業
自営業
職業詳細
気学アドバイザー 兼 WEBデザイナー
未既婚
未婚
出没地
横浜
出身校
千葉県立幕張東高校/女子美術大学絵画科洋画専攻版画
ホームページのURL
http://www.kippolog.com/

自己紹介

マイプロフィール

定番

趣味
知らない事を知ること
長所
混乱したものを整理するのが得意
短所
仕事以外は大雑把
ちょっと自慢できること
大工が得意
最近ハマっているものは?
古神道・古事記・活法・歌のレッスン
まず家に帰ってすることはなに?
PC起動
平均睡眠時間は?
8時間
口癖は?
だいじょぶ、たぶん、かも、つまり
ブログの更新頻度は?
時々
ブログに何書いてる?
気学と易学に関する本質的なコネタ
何フェチ?
猫の後頭部
座右の銘は?
集めてるものは?
みんなの吉方体験談
Sですか?Mですか?
う~ん、フツー
○○なタイプです
取り扱いが面倒なタイプです

好き嫌い

好きな食べ物は?
ラーメン
好きなスポーツは?
太極拳
好きなアーティストは?
岡本太郎
好きな本
池波正太郎の本
好きな映画は?
ピンクフラミンゴ(ジョン・ウォーターズ)
好きなテレビ番組は?
タイムスクープハンター(NHK)/時代劇チャンネル全般
好きな曲は?
どんなときも(マッキー)/深夜高速(フラカン)
好きな動物は?
猫(茶トラかシロ)
好きな休日の過ごし方は?
掃除&洗濯
好きな色は?
白黒赤

その他

一つだけ願いが叶うとしたら?
地球の外に出てみたい
何をしている時が幸せ?
睡眠
どうしてもこれだけは譲れないものは?
気学を用いた人生
デートでいきたいところは?
ひなびた温泉地か高尾山でビール
宝くじがあたったら?
パーティー&パーティー
尊敬する人は?
孔子/村山先生
前世はなんだと思う?
大工
世界最後の日、あなたは何をしていますか?
濃い目のとんこつラーメンを食べる
自分を動物に例えると?
プレーリードック
自分へのご褒美は?
睡眠
幸せを感じる瞬間
睡眠
子供の頃なりたかった職業は?
あどちゃん
携帯の機種は?
ドコモ
お弁当に絶対いれて欲しいおかずは?
ウインナー
生まれ変わったら?
バージョンUPした自分
今からでも挑戦したいことは?
建築の勉強をしたい
今一番欲しいものは?
折りたたみ自転車
あなたにとっての必需品はなに?
紙とペン

私の使命は悩みや不安によって更に成長できる世の中を作ること!

キポログという九星気学風水情報サイトを運営し、
気学講座を主催している長谷部矩子です。
キポログは2011年10月に公開し、
それ以来、地道に更新を続けてきました。
今では、沢山の方にご覧いただけるようになり、
続けてきてよかった!としみじみ思います。
まさに、自分の本命である三碧が北にあった時に運営を開始したので、
北の気を受けて、ゆっくり水が広がるような成長を続けております。

ところで、私自身の事を、ここに記してみたいと思います。
私は本当は人一倍、悩みや不安が多いタイプなんですよ。
そうは見えないかもしれませんけれどネ。
だから口癖は「大丈夫」で、
そう思わなければ生きて行くのが困難なくらいに悩みは多いし不安も多い。
ネガティブを根底とした、ねじれたポジティブシンキングです。

人生は不足を見たらキリが無いけれど、すでに持っているものも沢山ある。そして、私が持っている沢山の「不安」と「悩み」。これを使う事を決めました。
悩みは現状を変えるキッカケであり、不安は未来へ向かうエンジンだと、頭の中で変換し、自分の人生を切り替える事にしました。

だから悩みや不安が多い人の気持ちは解る。
解るからこそ、ただ悩んでるだけで何もしない人や、ただ不安だけで先に進まない人を見ると、本気で怒りが沸いてくるワケです。

それは怠慢です!と、叫びたい。

考える事を放棄して、変化する事、進化する事を放棄して、ただそこに居る。それは、ただそこに居るだけではなく、実は周囲のエネルギー(気)を下げている存在悪だという事にも気が付いてほしい。

私も不安で悩みいっぱいですが、
自分の人生は、本当に自分が望んだ人生を送りたい。
幸せになるのではなく、すでに幸せな人生で過ごしたい。

そのために、気学というツールを使って、
いろいろ試しております。
きっと、私と同じように「不安」と「悩み」の中にいる人の何かの参考になるかもしれない。それはちょっとしたコツだったりするのだから。

だから、私の使命は悩みや不安によって更に成長できる世の中を作ること!
その使命を果たすために、自分の存在を船のイメージで作って行く。

船とはどういう存在か?というと
海を渡り冒険する。
港から港へ、遠くまで人やモノを運ぶ。
豪華客船なら船の中は楽しみでいっぱい。
沢山の人の命を守る体力がある。
溺れる人がいれば救い出すことができる。
戦いになれば戦力にもなる。

そう!こーいう存在になるのが私の人生最大の目標です。
自分の存在を船のイメージに合わせて大きくする事で
船のような役割を現実世界で行えるだろうと信じている。

だからまず、私は冒険しなければならない。
悩みや不安が多くても、海に出なければはじまらない。
そして、気学では海や水というのは「人間関係」を意味する。
人の波の中を、沢山の人を乗せた船が進んでいくイメージ。

そんな未来を思い描きながら、
私は自分と関わる人全員の運気を上げたいと思っています。

悩みや不安を単なる「困った」にせず、
悩みや不安によって更に成長できる世の中に!
それはすぐ近い未来だと思う。


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幼少期からの歴史
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●ぼんやりしたフシギ幼少期
いつも庭の草や土をこねて遊んだり、
動物と話をしたり、
一人で絵を描いているような幼少期でした。
幼稚園に行く前…集団生活を体験する前の記憶で印象的なのは
畑の盛り土の中から出てくる裸の小さな集団を見たことです。
ソーセージみたいな感じの身長は10cmくらいの小さな人達。
それ以来、庭に穴を掘って、彼らを探したり
彼らが歩ける小さな道を作ったりして過ごしていました。
今考えると、奇妙な子供時代です。

●人間界に溶け込む技は「絵」を描く事
集団生活の中では、人が苦手な、少しひねくれた子供でした。
そんな私も、学校に行けば、周囲に合わせようという考えが生まれ、
友達とのコミュニケーションのきっかけを作るのに
役に立ったのは「絵を描く事」でした。
ノートを切ったり貼ったりして飛び出す絵本のようなものを作って
隣の席の子供と競っていた記憶があります。
その頃から、私の生活に「絵」が深く入り込み始めました。

●楽しいだけで過ごした高校・大学
その後、千葉県立幕張東高校という美術高校に入学し
もっと上手に描きたい!と思うようになり、女子美術大学に入学。
自分の絵を自分で大量量産できる「版画」を専攻しました。
絵を描く技術を身につけることに没頭したり
広告研究会に入り、広告での表現を学んだり、
劇団に参加して舞台の魅せ方を皆と考えたり、
暗黒舞踏のまねごとをしたり、野口体操を教えてもらったり、
知らない事を沢山吸収できた楽しい4年間を過ごしました。

●社会人生活の落とし穴
美術大学を卒業した後も、絵を描いて楽しく暮らせればそれでいい
そんなふうに思っていましたので、仕事についても深く考えず、
アルバイトせ生活をつなぎ、風呂無しアパートでの生活。
仲間とお酒を飲んだり、絵を発表して表現する欲求を満たしたり
なんとなく、フワフワ生きていた時代です。
しかし、絵を描くことでは生活できないという現実。
そして、社会で働き始める友人の姿を見て感じるプレッシャー。
そんな中でも、無我夢中で自分の絵を描き、
広告の会社で、紙焼きや版下のアルバイトをしながら
ギャラリーやデザイン事務所などに絵を持ち込んで回りました。
しかし、あるギャラリーのオーナーの辛らつな言葉で
「自分の絵は、ただの自己満足なのだろうか」という思いに囚われ
画材を全部捨て、自分の絵を描くことを辞めてしまいました。

しかし、一人前にできるのは「描くこと」だけ。
結局、絵を描く技術を生かして、TV人形劇の美術の職につきました。
TVというモニターの中の空間で人形劇という小さな空間を作り上げる仕事は
とても楽しく、やりがいのあるものでしたが、
自分の描きたい絵を描く事をやめて仕事をしているという、
自分への負い目の中で仕事をすることは、実はとても苦しいものでした。
結局、数年で心の病気になり、TV人形劇の美術の仕事は辞めることになりました。

●奇跡の社会復帰
心の病気から復活させてくれたのは、
絵を描くことと、友人や両親の励ましでした。
友人と大きな絵を壁いっぱいに描いたり、展覧会をやったり、
無料で冊子に挿絵を描いたり…
そんな、表現する事と認めてもらう事が、心を立て直す薬になりました。

自分が描きたいものを描くうちに、次にやりたい事もみつかりました。
それが「WEBデザイン」の仕事です。
WEBのスクールで、初めてWEBページを作ったときは、
暗号のようなタグをパソコン上で入力していくだけで
ページが出来上がるという事にとても感動しました。
これが、私のWEBデザイナーとしての「はじめの一歩」でした。
WEBのスクールを卒業後、派遣社員として
いろいろな会社でWEBデザイナーとして働きました。

●試行錯誤のWEBデザイナー10年
1999年10月から今日まで、WEB業界の中で働いてきました。
様々な企業や業種に関わることで、仕事のやり方などを吸収しながら、
自分なりのやり方も、やっと身につけることができてきました。
仕事の幅を広げるためにPerlというプログラム言語を勉強したり、
新しい技術が出れば、飛びついて勉強したり、
ビジネス的な視点を身につけようとマーケティングの勉強会に参加したり、
色彩による心理的な効果も重要だと思い、色彩学を学び直したり、
必要だと思えば、常に情報を集め、勉強を続けながらいつも一生懸命でした。
自分が一番自信を持ってできる仕事は「絵を描くこと」。
どんなに他のスキルを身につけても、
これだけは変わることはありませんでした。

●泥沼30代からの脱出
WEBデザイナーをしながらも、
漠然と心が過去の辛い思い出に引きずられると
お酒を浴びるほど飲んだり、
朝まで繁華街で騒いだりしたくなっていました。
なんでもいいから、騒いでいないと心が落ち着きませんでした。

しかし、一緒に騒ぐ仲間は、結婚したり、まじめに仕事をし始めたりで
だんだん減っていきました。
ある友人から「バーであなたが一人で死んでる夢を見た」と言われて
次第に、自分もお酒を飲みに行くことも少なくなりました。

不安を解消するためだった飲酒を控えめにしたら、
更に不安も不満も増幅していきます。
イライラを押さえるために薬を飲んだりしてましたし。
煙草の量も増えていきました。
いつも体調が悪く、恨みがましく、やさぐれた日々。

そんな混沌とした中で、たまたま勤務先の企業で
新しく女性向けセミナー事業が立ち上げられたました。
そのセミナーの中の一つが「九星気学風水講座」で、
「今年の運勢を知ろう!」みたいな内容のもので、
気軽な気持ちで受講しました。

これが、私と九星気学風水の出会いです。
物事と物事の点と点が繋がる事で「原因」がわかると
とても心が安心しました。
そうです。気学は私の精神安定剤の役目を果たしていました。
物事の見かたは、片側だけではなく、別の側面もあるということを知り
自分の人生は失敗じゃないんだ…と考え直すことができました。
ここから、「人生を良くしたい」と思うようになりました。
30代中ばからの人生の建て直しが開始されました。

2011年の時点での私は、「これからの自分」を以下のように記している。

●これからの自分(2011年時点)
2010年の4月にフリーランスで働く決意をしてから、
自分が一番貢献できる事は何だろう…と考えていました。
本当は心から「絵」が描きたい。
そして、現在も、「絵」や「デザイン」の仕事をしています。
実際は、自分のやりたい事は、すでに実現しています。
クライアント様もいて、ありがたいことに、お仕事も頂けています。
しかし、それだけじゃなく、
「人から求められる事」は何か?
ということを考えると、
今の「絵」や「デザイン」の仕事だけでなく、
自分で自分を安心させることができた「九星気学風水」を
もっと人の為に活用していかなくてはと思っています。
そのために、鑑定、講座などで「九星気学風水」の
考え方をお伝えできればと考えています。
さらに、この考え方を活用してデザインの仕事でも
幅を広げていこうと思います。

そして2016年。人生は予想もしない方向へ進化している。

●これからの自分(2016年時点)
そして現在は2016年。5年経った今、大きく人生が変わった。
一番のキッカケは自我を捨てた事だろう。
やりたい事は自分の自我のやりたい事だったと気づき、
なんだか自分が、身勝手な子供のように
その場で足踏みをしていたように思えた時がありました。
それで、先祖のお墓参りに行った時に
「先祖の皆さん、私の身体を活用して夢を叶えてください」
と、自我を捨て、先祖の皆さんに人生を預けました。
自分がやりたいとか、やりたくないとか、すべて関係なく
ただ、目の前に来たものをやる!

そうしていたら、次第に自分の役目が明確になってきました。
求められる事を提供する。
そんな人生が待っていたなんて、2011年には思いもしなかった。

ずっと、表現者になりたいと願っていた人生でしたが
結局は、自分を役立てる事で
自分を表現する人生になっていたと思います。
生きるって、おもしろい。

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