時は戦国、まだ人類が世界を平らだと信じて疑いもしなかった1985年の初夏、偶然にも髪の毛に潤いだけ、ただそれだけを求めていた私は、実に奇妙な体験をすることとなるはずの四日前には、もうすでに捕まり立ち程度のものならお披露目できると信じ込んでいたこともつかの間、調理師免許を隠し持つわりに終電ギリギリの乙女座ピアニストという消したくても消せない傷を背負い、今までいったい誰がこんなにも美しい死に方を想像できたであろうか。ぜんそく持ちに対する偏見へのツケが今頃になって回ってきたのであろう。しかしそんな不利な状況でありながら控えめな私は「互いに認めあう精神」だけは最後の2人になるまでは決して曲げようとはしなかった。「エパ様、この子私にくださいな。」そう言う事でしか自分を保ちきれない大胆な私だった。少なくとも彼と出会うまでは……かつて井伊直すけが言い直したとして知られる「パフューム」や「ひつまぶし」と同じように、現代社会の波に逆らった状態で2000円札をなきものにした「ローマの休日」という映画も皆さんの記憶には新しいだろう。時を同じくして34年後の3月、千葉と柏のJ2落ちでアウェイなのに近いという神業敵ポジティブシンキングが遂行されない昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
小澤です。入院してましたが、退院しました。