プロフィール

ニックネーム
元・偏差値47の宅浪生@京大生あきら
性別
男性
お住まいの地域
京都府
職業
大学専門学校生
未既婚
未婚

自己紹介

じめまして、あきらです!


浪人当時、偏差値47だった僕は
念願の京都大学に逆転合格し


いまは京都で一人暮らしをする
現役京大生です。


こんなことを言うと

『あきらさんは頭のいいエリートだ!』

と思われるかもしれないですが


高校時代は
京大なんて雲の上の存在でしたし


国立大学なんて
全く手が届きませんでした。


京大志望の友達とすれ違うだけで

『おおお!すげぇぇぇ!!』

と神様のような存在に感じていました。


小中高とサッカー馬鹿だった僕は
高校受験も適当にやりすごし


家から自転車で通える学校
という理由だけで
志望校を決めました。


なんとか第一志望の
公立高校に進学できましたが
決して頭が良かったわけではありません。


僕には3人の姉がいますが
誰一人として
大学へは進学していません。


末っ子の僕は
テストでは欠点(40点以下)
連発することも珍しくなく


毎日部活と遊びに明け暮れる
ごく普通の高校生でした。


高3の春に部活を引退し
周りと同様、
僕も受験モードまっしぐら。


僕自身、いつも部活を言い訳にして
勉強時間はかなり少なかったです。


さすがにそんな僕でも
高3の春になると
周りの受験ムードに
呑まれていきました。


夏休みの集中講義や
大手予備校の全国模試など
完全に普通の受験生に染まっていました。


高1高2の遅れを取り戻そうと
人並みには努力しました。


だからと言って京大なんて
絶対に受かるはずもありませんでした。


しかし、当時の自分の学力に
無理のない志望校を選定したので
模試の判定も悪くはありませんでした。


順調に成績もあがり、年も明け
センター試験を迎えました。


秋以降のセンター模試では
8割とはいきませんが
7割を切ることはありませんでした。


しかし、いざセンター本番になると
極度の緊張と
本番特有の空気に動揺してしまい
思うような実力を発揮することができず


自己採点の結果、7割を切るという
自分史上「過去最低点」
をたたき出してしまいました。


第一志望のセンターリサーチでは


もちろんE判定。。。


順調に進んでいた受験勉強に絶望が訪れ
18歳にもかかわらず
本気で泣きそうになりました。


少し話が変わりますが
センター試験当日に起きたエピソードを
1つ聞いてください。

=================

僕の家では1匹の犬を飼っていました。
名前はリキです。


僕が小学校1年生のときに
近所で拾ってきた捨て犬です。


生まれたばかりの捨て犬のリキは
家族みんなに愛され
幼い僕と一緒に育ちました。


僕が高校生になるとリキは病気がちになり
明らかに元気を失っていました。


そんな中、
センター試験1日目の朝を迎えました。


いつものように、ベッドから起きて
眠い目をこすりながら1階へ降りると
姉がリキを抱きかかえて泣いているのです。


僕にはすぐに理解できました。
リキは天国へ行ってしまったのです。


朝から大泣きしました。。
これでもかってぐらい涙を流しました。


『センター試験なんてもうどうでもいい!!』
と叫んだのを今でも覚えています。


センター試験初日の朝に愛犬を失うなんて
そんなドラマのような受験当日が存在するのか
と疑いたくなりました。


この出来事を
決して言い訳にはしたくないですが
全て事実です。

================

話を戻しましょう。


センター試験に大失敗した僕は

『おれ理系やし、
 2次試験で挽回できるから大丈夫!』

と受験を楽観視し


センターリサーチで
「E判定」にもかかわらず
根拠のない自信を持っていました。


ですが結局、
前期試験に不合格となり
たたみかけるように
後期試験も不合格となりました。


僕の不幸はこれだけにとどまらず


あまりに実家が貧乏すぎて
滑り止めの私立大学なんて
受験していませんでした。


つまり自動的に
「浪人」が確定しました。


はっきり言って絶望です。


『あんなに必死に勉強したのに、、、、
 あんなに遊びも我慢したのに、、、、』


人生初の挫折を味わい
涙すら出ませんでした。


そのときはまだ
18歳の高校生でしたが
当時の僕にとっては
奈落に突き落とされた気分でした。


まさに人生のどん底です。


夢に描いていたキャンパスライフは
儚く消え去り

『他の受験生もみんな
 不合格になればええねん!!!』

と最低なことを考えたこともあります。


それほど受験の結果に
納得することができず
ただただ感情だけが乱れていました。


そんなこんなで4月になり
無事に大学合格した友達は桜道を歩き
不合格の友達は
浪人して予備校へと通い始めました。


感情がおさまった僕も
浪人しようかなと考えましたが


年間100万円以上する予備校へ通うことは
家庭の経済的な理由で不可能でした。


そこで僕は、自分で参考書を買って
自宅で浪人しようと考えたのです。


いわゆる「宅浪」です。


そして浪人生にありがちな思考ですが、
僕は

『せっかく浪人するねんから
 どうせなら京大に行こう!!!』

と志望校のランクを上げ
やる気マックスで
浪人生活をスタートさせました。


そんなやる気も束の間
自宅に潜むテレビやパソコン、冷蔵庫
といった誘惑に負けることが多く
なかなか集中が維持できません。


近くに浪人友達もいない中
孤独に勉強を続けて1ヶ月が経ちました。


ある時、ふと京大の過去問を
解いてみたのですが、、、


『むっず!!
 こんなん学校で習ってへんし!!

 俺なんかが京大合格とか
 絶対無理やん!!』


と京大入試の過去問の難しさに
圧倒されました。


と同時に
孤独な浪人生活に嫌気がさして
大学受験そのものを
放棄してしまいました。


気づけばタウンワークを手にし、
「受験勉強の気分転換」という口実で
近所のカラオケ店で
人生初のアルバイトを始めていました。


僕は稼いだバイト代を
教材費に利用することもなく
欲しい服や買ったり


家に帰っても勉強するわけもなく
テレビを見たりゲームをしたり
ベッドでごろごろする
といった生活が数ヶ月続きました。


『受験生』とは完全に真逆の生活です。


そんな怠惰な日々を
なんとなくで送っていたのですが


10月のある日、
僕は受験の「師匠」と呼ぶべき人と
運命的な出会いをしました。


師匠といっても
僕が勝手にそう呼んでいるだけで
直接会ったこともなく
ネット上のブログを通してのみです。


師匠が一貫して伝えていたのは


「正しい勉強法」です。


各科目の各分野について
非常に詳しく
そしてわかりやすく
しかも具体的な勉強法が示されていたので


僕はその勉強法に
ただただ忠実に従うだけで
みるみるうちに
成績がアップしていきました。


約半年間のフリーター生活のせいで
当時の偏差値は50もありませんでしたが


師匠の勉強法をするやいなや
とうとう偏差値は70を超えました。


『勉強法変えただけで、
 こんなに成績上がるんや。。。』


当時の僕は純粋にそう思いました。


そして僕は京都大学工学部に
逆転合格することができました。


師匠との出会いがなければ、
京大なんて、いや、大学すら
進学していなかったかもしれません。


残念ながら現在、
師匠は受験指導から身を引いて
別の指導に力を注いでいます。


しかし
僕のように勉強で悩む受験生は
山ほどいるはずです。


僕は、昔の自分のように
悩んでいる受験生を
本気で救いたいと思っています!


そしてとうとう
その強い思いが実を結びました。


自分の受験生時代をすべて振り返り
気の遠くなるような時間をかけて


師匠の勉強法に
いくつもの改良を加えることで
全く新しい勉強法を
確立することができました。


それが「AKR勉強法」です。


その全てをこのブログで伝えます!


『今このブログを見てくれているあなたには、
 どうしても第一志望に合格して欲しい』


本気でそう思っています。


僕は今、京都大学の自由の校風のもとで
最高のキャンパスライフを送っています。


あなたが今どんなに頭が悪くても
正しい勉強法を継続すれば
絶対に一流大学に合格できます。


僕が自らの大学受験を通して
それを実証してみせました。


ですから・・・


次に逆転合格を勝ち取るのはあなたの番です。


これから一緒に頑張っていきましょう!


現役京大生あきら

マイプロフィール

定番

好き嫌い

その他

フリースペース

アメンバー