Na.と書いて(エヌエー)と読みます。 ミュージシャンです。
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<プロセス>
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10歳の時、新田一郎FANである同人誌漫画家の叔母の影響でトランペットを始めるが、実兄の天才的才能を目の前に半年で挫折。(叔母の一番弟子が中条比紗也。)
「教育を変える!」と熱くなり、文部大臣を目指し勤勉するが、13歳の時に手にしたベースで音楽の道へ。14歳からギターを初め、16歳からはバンドで年間20本程のライブを重ね、TEEN'S MUSIC FESTIBALでは近畿大会で、当時グランプリのAikoとバトル。
19歳の時、スカウトを受けて上京するものの、プロデューサーとの価値観の違いで断念。日本ではなく、海外での活動を決意。20歳で渡英。
ロンドンのセッションで出会ったSKAで有名なTROJANSのメンバー・NattiとMeguuに見初められ、隣に引越し。彼らのインディーズバンド・TOP CATSのゲスト・ギターリストとして携わる。
滞在困難で22歳で帰国。同僚の誘いで前身BAND、103東京サングラスに加入。音響カオスPOPと題してそのマニアックな世界観から大阪で話題を呼び、その後某レコード会社に所属。
このとき、サウンド・プロデューサーとして介入していたBARBEEBOYS/浜崎あゆみのベーシスト・エンリケ氏と出会う。(同期のアーティスト:ナオト・インティライミ等)
(この頃、坂本龍一らが加担する環境非営利団体「code」に加入。)
HITの兆しが見えず、103東京サングラスを脱退。その時趣味で組んでいた即興プログレBAND・コークヘロ3型を中心に活動。2006年。関西のインディーズコンテストで準グランプリを獲った時をきっかけにJ-POPバンドへと転向。3型を省き、コークヘロに改名。
傍ら、アート・プロジェクトとしてアンダーグラウンドシーンで活動していたNa.3型も、この時期に休止宣言。
幾多のメンバーチェンジを繰り返した後、2009年10月、自主出版のフルアルバム『機械仕掛けとジュリエット』をリリースを最後に、2010年からはコークヘロの名を残し、ソロ・プロジェクトとしての活動へ転換。BAND時代よりもライブ本数を増し活動エリアも全国へと。2011年11月、ソロ初となるDEMO-CD、フルアルバム『Best Better Best』を発表。
「死ぬまで成長!」をコンセプトに2010年・夏、エンリケの何気ない一言から始まった弾き語りの旅、題して 『兄弟仁義ツアー』 をスタート。(好評につき2011年以後も継続。2012年2月には集大成である「兄弟仁義主催イベント」を渋谷TAKEOFF7で2DAYSで開催。)
傍ら、今話題の「初音ミク」の火付け役となった生みの親・Otomania氏が実兄ということもあり、協力を得てコークヘロをfeat.したVOCALOIDの作品をリリース予定。
石巻市救済プロジェクトに参加。
http://web.mac.com/ohp1969/ishinomaki_m/top.html
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