MINESHA - Profile
自分貢献を通して自分スタイルを見つけてどのように
一個人として社会へ持続可能な貢献ができるかを探しています。
70億人いる世界には70億通りの自分貢献・自分スタイルがり
それぞれの社会貢献スタイルがある。
MINESHAのライフスタイルから生まれた
iSR (individual Social Responsibility) 個人の社会的責任のルーツ
カイロ・エジプトで生まれる
小学校 - 日本、オーストラリア、フランス
中学校 - イギリス、日本
高校 - 日本、バーレーン
大学 - アメリカ
その他、北イエメン、サウジアラビア、リビアなど各国で生活をおくる。
小・中・高、各国の現地校のカリキュラムで寄付やボランティアを実体験した。
様々な活動の中で、とりわけ、高校時代に通っていた
バーレーン・スクールでの湾岸戦争直後のビーチクリーンアップの
ボランティア活動が衝撃的でした。
週末に参加者を募り、ペルシャ湾に面した砂浜の清掃活動をしたのです。
高校卒業後、1994年に単身渡米。
ワシントンDCマウントヴァーノン・カレッジに入学。
2年生の時にアメリカン大学に転籍。
その当時、アイデンティティ・クライシスに見舞われ鬱病発症。
カウンセリングや薬治療を1年弱受けるが、
ある日それらが根本治療でない事に思い当たり、
自主的にクリニックに行く事をやめた。
米国のアメリカン大学で
国際関係学部・アジアの発展学科を修め1999年に帰国。
常に自分の本当にやりたい事、世界との架橋として出来る事とは何か、
という問いを持ち続けながら一般企業数社を転職するなかで、
アクセサリー制作に出会う。
2003年に三越や伊勢丹などの各店で出展活動を続けながら
各国からの材料調達ルート確保を精力的に進める。
材料は
エジプト、イスラエル、アフガニスタン、インドネシア、タイ、インドなどの
各国から、職人による手細工のシルバー製品などを買付ける中で
ジュエリー業界にまつわる不当賃金や児童労働などの現実に疑問を抱き
「フェアトレード」という考え方に出会う。
アクセサリーのお客様からの誘いを「きっかけ」に、
2008年3月、インド訪問。アグラ城を歩いている際、
言葉にならない「ホッとした感じ」を受けインドと「出会った」。
この時の出会いを「きっかけ」に発展途上国の子ども達の現状を改めて考えさせられた。
2008年5月に再度訪れたとき、
自動車、人、リキシャー、牛の行き交うニュー・デリーの雑踏脇に、
骨と皮にやせ細り、力なく横たわっている人物がいるにも関らず、
周囲の人々が無関心であることに驚いた。
同行のインド人の友達に助けなくてよいのかと訪ねると、
「放っておけ」
「なぜ?せめて歩道に身体をよけてあげるくらいのことは・・・」
「彼を、最後まで面倒みることができるのか?」
「・・・できない」
「なら、放っておけ。それが彼の運命なのさ」
その時は、それ以上返す言葉が見つからなかった。
帰国後、アメリカでの鬱病期のトラウマなど、
目を背けていた自分の暗い部分を見つめなおす上で
インド人医学博士ディーパック・チョプラの著作に触れ、
本来あるべき心のありように近づく実感を得た。
人の命は儚いもの。
でも、儚いからといって希望までも捨てる事はない。
むしろ、儚いからこそ
自分も人もしっかり抱きしめて行く事が
大切なのではないかと漠然と思った。
それらの体験から、
何か、誰かの「意識改革」に繋がる「きっかけ」を発信できるようになりたい
という気持ちで
「MINESHA Style」という名の下で
iSR (individual Social Responsibility・個人の社会的責任)をもとに
自分探し、自分らしさを追求する旅を続けて来て「気づいた」ことや
実行して来た事を書いていきます。
その経験からこの先どのように社会へ貢献できるかを更に追求はつづく・・・