はじめまして。前田 英二といいます。
京都生まれ、京都育ち。1974年2月19日生まれ、中島美嘉ちゃんと同じ誕生日ですね。
現在も実家の宇治市で暮らしています。
32歳の時に独立し、大阪の門真市(京阪 大和田駅前)で個別指導 京進スクールワンのオーナー兼教室長をしています。
http://www.kyoshin.co.jp/kousya/school_400.html
塾では小学生~高校生までを対象としています。
また、2009年1月より、Rh楽読(速読)で京都教室の楽読(速読)のインストラクターを始めました。
こんな私ですが、以前から教育関係の仕事がしたかったのかと言えば、そうではありません。
小学2年の時、交通事故で父親を亡くし、田舎の祖母から『いい大学入って、いい会社に入ってお母ちゃん楽させたげや!』そう言われて育ちました。
偏差値の高い大学に入る事である程度のステータスを得られる物と思っていましたが、特にやりたい事はありませんでした。
就職活動をするに当り、自分が何をしたいのかを初めて真剣に考えました。
何をしている時・どういう時に自分は楽しかったり、嬉しかったりするのだろう?
そう考えた時、『人を幸せにし、感謝される仕事をしたい』という答えに行き着きました。
丁度、その頃にTVで見た特集で船井総研のコンサルタントが経営不振の旅館を改革していくというのを見ました。
一人の人間の影響で旅館・そこで働く従業員が次々に変わって行く様子を見ました。
また、同時期に和民の渡邊社長のドキュメンタリーみたいなのも見て刺激を受けました。
単純なきっかけですが、それでコンサルタントになりたいと思いました。
ですが、その思いは叶わず、京都の信用金庫(ほぼ、実名です)に入りました。
個々では色んな思いを持っているとは思うのですが、会社全体となるとお客様の為にというよりは、本部に良い成績を報告する為に仕事をしていたという印象で退職しました。
次に独立してFP会社を作られる方について行きましたが、これまで与えられた作業をこなす仕事をしてきた私にとって、一から仕事を自分で考えるのは全く初めての経験で、何も出来ずにいました。
今、振り返るとうつ状態に近かったのではないかと思います。
結局、半年ほどで辛さから逃げる為に退職しました。
やめて2~3日はこれまでのプレッシャーから開放された喜びがありましたが、しばらくすると自分の人生どうなるんだろうという不安が一気に襲ってきました。
その後、ワタミに入社し、初めての東京での一人暮らしを経験します。
友達も誰もおらず、朝から夜遅くまでの労働。
自分より年下の学生アルバイトに下に見られながらの日々でしたが、一生懸命働くことで、ようやく仲間に加われました。
入社、11ヵ月後に店長となりますが、日々試練の毎日でした。
そんな折、自分が行きたかったコンサルティングの会社が飲食専門コンサルティング会社を立上げ、社員募集しているのを目にしました。
すぐに応募し、内定を頂きました。
コンサルティングといえば、聞こえは良いのですが、『銀のさら』という宅配寿司のブランドをFCとして全国店舗展開していくのが仕事で、店舗のオペレーションを試行錯誤しながら、1ヶ月単位で全国各地を飛び回り、新店の店長やアルバイトの指導、自ら店長として新店の立上げや不振店舗の建て直しも経験しました。
誇れる成果としては、新店で関わらせていただいた2店舗が全国の店舗が集まるフォーラムで表彰されたり、赤字続きで閉店を考えられていた店舗を大きく黒字転換させた事です。
良い成果だけでなく、全く成果が出ず、相手方のオーナー様からクレームを頂く事もありました。
色んな形で成長させて頂いた会社です。
その後、4年半勤めた会社を退職し、FCオーナーとして塾を始めました。
こちらも色々ありますが、5年続いているので何とか頑張っていると思います。
2011年は速読の活動を精力的に増やし、京都で複数店舗展開し、人生を楽しく生きてる人があふれるようにお手伝いしていきたいと思っています。
共に熱い志を持ち、刺激を与え合える仲間大募集してます!