【5/28】世界を元気にする言葉連載1997日目何が起きても受けとめる本日の一曲「ポプラ」(遊佐未森さん)http://t.co/D4tZhxWl http://t.co/Ry7a3I3v
[5/28 17:06]
名前>>
大谷 更生(おおたに こうせい)
本名です
1970年3月23日新潟県生まれ
おひつじ座、A型
東京都練馬区(光が丘)在住
大谷更生総合研究所 代表
問題解決コンサルタント
プロモーションシナリオライター
2009年12月末にKDDIを卒業(元システムエンジニア)、
現在は、相手の心が動く
◆紙(名刺・チラシ)
◆ムービー(動画)
◆ネット(Facebook・ブログ・メルマガ)
の活用方法を教えています。
趣味:
ドルフィンスイム(野生のイルカと泳ぐこと)
練馬区B級食べ歩き
全世界に情報発信しています。
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名前の由来>>
私の名前は大谷更生、
更生の「更」は変更の「更」、
更生の「生」は「生」まれると書きます。
私は未熟児で、生まれたときすぐに「オギャー」
と泣かなかったそうです。
懸命な看護のおかげで、しばらく経って
「オギャー」と泣いた私を見て、両親は「甦」と
いう字を思い浮かべ、私に「更生」と名づけたと
聞きました。
生まれるときに三途の川のそばまで行った私は、
この世に生を享けてからずっと「余生」を生きて
いるのです。
大谷更生物語>>
その1:4歳「ひとは助けてくれない」
3歳のとき、3日だけ生きた双子の弟がいた。
名前は 忍(しのぶ)と、渉(わたる)
その弟が生まれたとき、関心がすべて弟にいった。
「自分ひとり、ポツンとおかれた・・・」
疎外されている感じだけが残る。
4歳の時とき、新潟の街中で迷子になる。
最寄り駅まで一人で歩いてたどりつき、
泣かずに父を待った。
「ひとは助けてくれない」
そのとき決めたこと。
「何かあったら自分でなんとかしなきゃいけない!」
その2:3度の異動「自分は悪くない」
当時、知名度もないDDI(第二電電)に
入社し、情報システム部門に配属。
最速で出世することが絶対的な価値。
いつも結果を出すことで、最高の評価を
もらった。
32歳
会社の合併によるシステム統合の部門に
自ら異動を希望。
初めて、結果を出せなかった。
「まわりのせいだ」
33歳
違う場所へ異動を希望。
今度はリーダーが経験不足。
自分で動けないリーダーに代わって、サブリーダー
として自らプロジェクトを動かす。
プロジェクト完成後、
「システム開発はもういやだ、異動させてほしい」
というリーダーの一言で、自分も責任を問われる。
「外された。結果を出したのに、そういうことをするんだ」
個人面談での上司の予想外の低評価に、怒りが爆発!
「ここにいても評価されない」
34歳
上司から、ついに再教育プログラム行きを命じられる。
「自分は悪くない、環境を変えよう」
ところが、新しい部署でもうまくいかない。
「もしかして、場所を変えても変わらないかもしれない」
転がる石が、ここで止まった。
その3:人に頼ってもいい
37歳
自分には、なにか心にわだかまりがありそう…。
そう感じて、友人にセラピーをお願いした。
他人に初めて、3日だけ生きた双子の
弟のことを話した。
ずっとあった、もやもやしたひっかかり
は3歳のときに返る。
そのことに気づいたとき、
「人の力を借りてもいい」
と思えた。
「人に頼ってもいい」
自分がすっきりした瞬間。
その4:おまえが決めたことだから
起業を意識したときに気づいたこと。
起業に対して根拠のない自信があった。
なぜか?と考えたとき、両親に、物心がついてから
一度も否定されずに育てられたことに気づく。
いつも何かを決めるとき、見守ってくれた。
「おまえが決めたことだから」
2009年12月
40歳の節目に会社(KDDI)を卒業。