プロフィール

ニックネーム
「心のゆとり」サポーター 中村 ゆかり
性別
女性
血液型
O型
出身地
富山県
お住まいの地域
石川県
未既婚
既婚

自己紹介

銀座コーチングスクール認定コーチ(金沢校1期生)
2007年9月コーチング資格取得

1972年1月生まれ。

中1男子、小4女子の母。

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私は、人から見ると、穏やかそうで、大きい声で子どもを怒ったり、手をあげたりしないように見えるそうです。

でも実際は、「キレる」という言葉がピッタリと感じるほど、子どもを大きい声で怒鳴ったり、とても冷たい言葉を投げつけたり、ときには、ほっぺたを叩いたり・・・。
それも、同居している家族が一緒にいないとき、子どもたちと私だけになったときだけ、そんな自分が現れます。
まるで、「ジキルとハイド」みたいです。

そんなときの子どもたちの表情を見るのは、私自身、辛く、悲しいのですが、どうしても自分をコントロールできませんでした。

また、これって「虐待?」という不安もありました。

原因は何だろう?

一人目の息子が1歳にも満たない頃から、この感情と付き合い始め、二人目の娘が生まれてからも、この感情は消えることなく続き・・・。
そこで、どんなときに自分が豹変してしまうのか?観察することにしました。

・同居の家族が誰もいないとき。
・自分がやらなくてはならない仕事があり、時間に追われているとき。
・疲れているとき。
・とても眠たいとき。

こういう場面で、キレてしまうことがわかってきました。

まずは、こういう場面になったとき、自分がキレる可能性があることを意識して、なるべく、この条件に当てはまらないように過ごすようにしました。
でも、根本的な解決にはなりませんでした。
当然ですよね・・・。
原因は取り除かれていないのですから。

そこで、もう一つ気になっている「虐待」というキーワードについても、考えてみました。

以前から、子どもの虐待のニュースにはとても心が引きつけられ、ときには、犯人も同じ目にあわせてやりたい!と心から思い、気付くと、奥歯を噛み締めて、歯茎が痛く感じるほどでした。

どうしてこんなにも「虐待」のニュースに心が痛むのだろう?

そんな疑問が生まれました。

私は一人っ子で、親には大事に、そして厳しく育てられました。

「厳しい」というのは・・・
成人して仕事についてからも、門限が22:00で、遅くなると、父が寝ずに居間で待っており、楽しかった時間が台無しになるくらい怒られたり、
もっと小さいとき・・・小学生のときには、父に逆らうとほっぺたをバチーンと叩かれたり、夜、寝る前に、チョコレートを食べていたら、「何時だと思っとる!」と背中を蹴られたり。
・・・という厳しさです。

当たり前だと思っていました。

一人っ子の私にとって、飼い犬は兄弟のような存在でしたが、その犬が父に逆らったときは、ほうきの柄で殴りつけ、犬が悲鳴をあげたり、ときには気絶するくらい怒りました。

でも、それも、普通のこと、当たり前のことだと思っていました。

自分が結婚して、子どもができ、夫の両親と同居するようになって、
“家族によって、いろいろ違うんだなぁ・・・”と思うことがたくさんある中・・・

ふと、“あれ?お義母さんが孫を怒るときって、言葉は厳しいけど、手をあげたことはない・・・”と、気が付きました。

でも、キチンと子どもたちに怒っていることは伝わっています。

“手をあげて、叩く必要って、ないってこと?”
と、自分の怒り方に対して疑問が生まれました。

そして、もし自分が叩いて怒られたら、言うことを聞きたいだろうか?と、考えてみました。

もちろん、言うことを聞くどころか、言葉に表さない怒りを胸に秘めるようになるだろうな・・・と理解できました。

そこでやっと、自分が子どものときに感じていたことが、わかったのです!

また、同じ頃、DVに関するチラシで精神的な虐待があるということを目にし、自分が経験したのは、虐待だったということを理解して、受け止めることができたのです。

実際には、簡単に受け止められるものではありませんでした。

なぜなら、それは愛する親を悪者にするようなものだからです。

「そんなの虐待じゃないよ」と否定したり、「やっぱり虐待だった」と受け入れようとしたり、長い間、葛藤が続きました。

そしてやっと、「虐待だった」ということを受け止めたとき・・・
私の中の“ハイド”が姿を消しました。
ビックリするほど、急に。そして、キレイさっぱりと。

それからの私は・・・もちろん子どもを怒ることはありますが、サザエさんが弟のカツオくんを怒るように、爽やかに、それも、家族の視線がないときではなく、みんながいるときでも、気持ちよく注意することができるようになりました。

心臓がドキドキするほどのイライラした感情もなくなりました。

子どもたちのケンカにも、頭の血管がドキドキするほど腹が立つこともありません。

自分を受け止めること。

子どもの頃の自分の気持ちを知ること。

それが、私の子育てを、子どもたちとの関係を変えてくれました。

「子どもにイライラするのは当たり前。仕方ないこと」

そんなふうに思っている親御さんたちに、私の経験を伝えたい!

ぜひ、この爽やかさ、すがすがしい気持ちを味わって欲しい。

そして、何より、幸せな子どもを増やしたい!

そう願っています。

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自分のことを受け止めると、心がゆる~っとします

「心配だったがやちゃ」

車を運転する私の隣で、
父が言ったこの言葉・・・

この言葉が、私の心に春を告げたように思います。


私は小学校低学年の頃からずっと、
父のことが大嫌いで、大嫌いで、
憎んでいると言ってもいいくらい嫌いでした。

一人っこで、核家族だったので、
大嫌いな父と、大好きな母と、私の3人と犬一匹。
それが「私の世界」でした。

なんで、そんなに父を嫌っていたのか?


相手の言い分は絶対に認めない。

怒鳴って“自分が正しい”と主張する。

母の考えをいつも否定して、馬鹿にする。

ときどき、平手打ち。

犬が言うことをきかないと、ほうきで殴って気絶させる。

しょっちゅうイライラして、舌打ちしている。


これが、私にとっては、父のいつも通りの姿で、

本当にイヤで、イヤで、早く独立したい!!と、

強烈に願っていました。

高校は家政科に行って、手に職つけて、早く就職しよう!
と思っていたのに、なぜか大学進学の道へ・・・。

大学の同じクラスの彼と付き合って、
卒業して、1年後には結婚。

やっと念願かなって家を出ることができました。

でも、「父が嫌い」が治ったわけではなく、

たまに里帰りすると、やっぱりピリピリした気持ちに。


そして、私にも子どもができて、

かわいくてしかたないはずのわが子なのに、

どうしようもなくイライラして

怒鳴ったり、叩いたり・・・。

子育てをするようになって、自分の中に父の姿を垣間見るように。

どうにかしたいのに、どうにもならず。

夫や、同居しているお姑さんがいないときは、

もっとキレやすくなる自分にうんざり。。。


どうしてなのか?どうしたらいいのか?

そんなときに、「精神的な虐待」というものがあると知って、

自分ってもしかして虐待を受けていたの?と、疑問。

でも、なかなかそれが受け入れられなくて・・・

そして、やっと、「私は精神的な虐待を受けていた」と、人に言えたとき、

やっと“自分を受け止められた!”そんな気持ちを感じた。


そして、39歳の私は

父の「心配だったがやちゃ」という言葉に出会い、

心に春が訪れるのを感じたのです。

アメンバー