北村 聡 1972年東京都豊島区に生まれる。
幼少期
トレーラー運転手の父親が仕事で労働組合とのトラブルになり一家離散。4歳から6歳までの約1年半、長崎県大村市の親戚宅で生活をする。当時胃腸が悪く病弱だったので定期的に体感では長さ30センチ程の注射を両腕に打っていた記憶と、一日中畳の上でジーっと正座をしていた記憶が今でもある。
小学校時代
東京都足立区の親元に戻る。勉強もろくにせず近所の子供たちとサッカーや草野球に明け暮れる。
小学5年生
吊り輪で遊んでいるときに手から地面に着地し手首を骨折、自宅療養をすることになり暇を持て余している自分に母から「勉強でもしたら」と言われ、漢字の勉強を始める。クラスの漢字テストランキングが上がることに快感を覚え勉強に関心を持ち始める。
学校のクラブ活動では将棋クラブに入り主将を務める。
中学時代
勉強に関心を持ち始めたこともあり、東京都の学力テストで学年トップの成績を修める。担任の先生から生徒会役員に推薦され生徒会役員を務める。
中学3年生で埼玉県草加市の中学校へ転校する。
中学卒業後は東京都立工業高等専門学校へ入学。
当時のバンドブームに乗っかりバンドを組みギターを始める。学園祭ではボーカルを担当。数学の勉強は楽しく感じ学年トップの成績を修めるも、当時の終身雇用制度のレールに乗りそのまま就職をして行くことに疑問を感じ、2年で退学。
今は、経営者に、中期、長期の将来予測が大事などと一著前のことを言ってますが元来の私は、「予定は未定、人生はハプニングがあるから面白い。」という思考を持っているので、このままではきっと後悔する、と考え退学することを決意。
10代後半~20代前半
退学後は高専時代からやっていたホテルのウェーターとして洋食レストランや婚礼、ルームサービスやバーなどで働く。
その後、大阪府豊中市へ移りトラックの運転手をする。
当時、阪神淡路大震災がありトラックの運転では横倒しになった高速道路や崩落した橋などを避けながら走るという経験をする。特に神戸のほうの被害はほんとうに悲惨な状況でした。
20代後半
一念発起し資格取得を決意。幼少期の体験から数字へのリスクに対し敏感になっていたことや数字に関心があることから税理士を目指すことを決意。
まずは税理士の受験資格である簿記1級を2級、3級の受験はせずに挑戦することに。「売掛金」を「うりかかりきん」「仕掛品」を「しかけひん」と読むものだと思い込んだ状態での挑戦で1回目の受験はあえなく撃沈。独学の限界を感じ専門学校のカセット通信を受講し再挑戦、2回目で見事合格。約1年かかりました。
税理士を受験する資格をようやく得てその後もカセット通信で約6年かけて税理士資格を取得。
勤務時代には東京、千葉、埼玉の税理士事務所や社会保険労務士事務所にて医療、卸・小売、建設業、ネットショップ、ソフトウエア開発など幅広い業種を担当。
2009年6月 埼玉県草加市に北村聡税理士事務所を開設する。
2009年11月 ファイナンシャルプランナー 取得
2010年9月 政治資金監査登録人 取得
好きな言葉は、「挑戦できることは、挑戦しよう!」「人生に失敗・無駄は無い!」