黒澤和子プロフィール
1954年、黒澤明の映画「七人の侍」打ち上げに日に、黒澤明の長女として東京に生れる。
成城学園高校中退、スタイリストを目指しサン・デザイン研究所に入学、同校卒業。
スタイリストの仕事をしながら、ファッションデザイナーの勉強の一環として、伊東衣服研究所デザイン科で学ぶ。
仏クチュリエール専門学校入学のため留学準備に入るも、直前に結婚が決まり断念。
インダストリアル・デザイナーの夫に伴いイタリアへ、出産後ファッション関係の仕事に従事。
その後離婚を経て、㈱黒澤プロダクションにて父の秘書的仕事をする。
1988年父の進言で、映画界に入る。
父の影響で映画の世界に魅せられ、時代考証や日本民族衣裳の勉強に励み、時代劇の仕事が急増。
「汚し」のテクニックの評価が高く、其れを軸に時代衣裳デザインの素晴らしさに目覚めて経歴を積む。
長年勉強したファッションデザイン、西洋及び日本服飾史を生かした仕事をしてみたいと思い始めて間もなく、現代劇や半時代の衣裳の仕事も増え始めた。
2008年で映画衣裳生活20年、様々なタイプの監督と仕事をさせて頂き、常に新たな発見と勉強の連続であることに幸せを感じている。
時代劇から現代劇まで、リアルな作品からファッショナブルな作品、ポップな作品まで幅広く縁の下の力持ちとしてお役にたちたいと、マンネリ打破常に前進新しい挑戦に備え柔らかい頭で日々研究に励んでいます。
執筆の仕事も父の思いを伝えたい気持ちから始めたが、色々なジャンルの本にも挑戦してゆく計画もある。
1990年封切り、黒澤明監督作品「夢」で衣裳担当として参加。
1991年封切り、黒澤明監督作品「八月の狂詩曲」に衣裳デザインで参加。
1993年封切り、黒澤明監督作品「まあだだよ」に衣裳デザインで参加。
2000年1月、文藝春秋社より「パパ・黒澤明」出版。
2000年封切り、小泉尭史監督作品「雨あがる」-黒澤明遺稿に衣裳デザインで参加。
2001年上演、黒澤明「蜘蛛の巣城」の舞台化に、衣裳アドバイスで参加。
2001年7月、小学館より「黒澤明の食卓」出版。
2002年封切り、小泉尭史監督作品「阿弥陀堂だより」に衣裳アドバイスで参加。
2002年封切り、熊井啓監督作品「海は見ていた」に衣裳デザインで参加。
2002年封切り、山田洋次監督作品「たそがれ清兵衛」に衣裳デザインで参加。
2002年上演、黒澤明「用心棒」の舞台化に、衣裳アドバイスで参加。
2003年1月より、中央公論本誌にて「黒澤明-心の台本」連載。
2003年封切り、北野武監督作品「座頭市」に衣裳デザインで参加。
2004年封切り、山田洋次監督作品「隠し剣鬼の爪」に衣裳デザインで参加。
2004年9月、中央公論新社より「回想黒澤明」出版。
2005年2月より、毎日新聞日曜版にて「スクリーンの隅々まで見てほしい」連載。
2006年封切り、小泉尭史監督作品「博士の愛した数式」に衣裳デザインで参加。
2006年封切り、是枝裕和監督作品「花よりもなほ」に衣裳デザインで参加。
2006年封切り、山田洋次監督作品「武士の一分」に衣裳デザインで参加。
2007年封切り、塩田明彦監督作品「どろろ」に衣裳デザインで参加。
2008年1月封切り、フランソワ・ジラール監督作品「シルク」に衣裳デザインで参加。
2007年封切り、中田秀夫監督作品「怪談」に衣裳デザインで参加。
2007年1月、PHP研究所より「黒澤明生きる言葉」出版。
2008年3月封切り,小泉堯史監督作品「明日への遺言」に衣裳デザインで参加。
2008年夏封切り、是枝裕和監督作品「歩いても歩いても」に衣裳デザインで参加。
2008年11月封切り、福澤克雄監督作品「私は貝になりたい」に衣裳デザインで参加。
2008年1月より、潮出版「パンプキン」に『元気になる処方箋』連載。
2009年3月封切り、リー・チーガイ監督作品「昴ースバル」に衣裳デザインで参加。
2009年初夏封切り、西川美和監督作品「ディア・ドクター」に衣裳デザインで参加。
2009年秋封切り、根岸吉太郎監督作品「ヴィヨンの妻ー桜桃とたんぽぽ」に衣裳デザインで参加。
2009年秋封切り、山崎貴監督作品「バラッドー名もなき恋のうたー」に衣裳デザインで参加。
2010年11月封切り、松井久子監督作品「レオニー」に衣裳デザインで参加。
2010年6月封切り、北野武監督作品「アウトレイジ」に衣裳で参加。
2010年12月封切り、杉田成道監督作品「最後の忠臣蔵」に衣裳デザインで参加。
2010年11月3日~五夜連続放送、福澤克雄監督TBS60周年記念ドラマ「99の愛JAPANESE AMERICANS」に衣裳デザインで参加。
2010年10月封切り、廣木隆一監督作品「雷桜」に衣裳デザインで参加。
2010年8月23日放送、NHKデジタル衛星ハイビジョン放送、是枝裕和監督「妖しき文豪怪談」ー後の日。
2010年夏、三池崇史監督作品「一命」に、衣裳デザインで参加。2011年10月封切り予定。
2010年12月~2011年2月、久々にアシスタントの様な仕事、キアヌ・リーブス主演、衣裳デザイナーのペニー・ローズ女史「47RONIN」の生地買い付け、エキストラ衣裳搬入などのお手伝い(私のデザインではなく、あくまでもモノ調達係、デザインには一切口出し不可でしたから、衣裳のデザインにはタッチしていません)
2011年3月から北野武監督作品「アウトレイジ2」に、衣裳デザインで参加も東日本大震災で延期。
震災を機に、様々考えるところもあり、今一度新な目標に挑戦したいと考え、黒澤プロダクションを退社して、引っ越しもして心機一転致しました。
父の版権の二分の1を所有は変わりませんが、いっそうの勉強に励み、新しいチャンスや生き甲斐を探しつつ、更に本業に邁進致します。
2012年1年越しで、北野武監督作品「アウトレイジ・ビヨンド」に衣裳デザインで参加、2012年秋公開。
2012年、是枝裕和監督作品「題名未定」に衣裳デザインで参加。
出版・雑誌
1999年、文藝春秋社「黒澤明-夢は天才である」黒澤明が選ぶ百本の映画他
2000年、文藝春秋社「パパ・黒澤明」、2004年文庫化
2001年、小学館サライ「黒澤明の食卓」
2001年、小学館「黒澤明の食卓」
2002年、文藝春秋本誌「食通の献立」
2002年、文春ネスコ「美食家列伝」-黒澤映画を支えた食卓―
2002年、新潮社「海は見ていた」画コンテ集インタビュー
2002年、婦人口論誌「黒澤和子衣裳美の世界」
2003年、中央公論本誌「黒澤明-心の台本」連載
2003年、クロワッサン誌「わたし、きのう、きょう、あした」
2003年、小学館和楽誌「ロングロングインタビュー」
2003年、みずゑ誌「座頭市×黒澤和子」
2003年、キネマ旬報誌インタビュー
2004年、文藝春秋増刊号「映画衣裳の現場から」
2004年、暮らしの手帳誌「わたしの花森安冶」
2004年、中央公論新社「回想黒澤明」
2004年、中央公論本誌「素顔の黒澤明を語る」×是枝裕和監督対談
2005年、毎日新聞日曜版「スクリーンの隅々まで見てほしい」連載
2006年、スイッチ誌「スタッフインタビュー」
2006年、キネマ旬報誌「黒澤和子の衣裳」
2006年、いきいき誌「時代劇の着物の愉しみ」
2006年、講談社ムック「岡田准一改メ青木宗左衛門」対談
2007年、PHP研究所「黒澤明生きる言葉」
2007年、平凡社コロナ・ブック「作家の犬」-黒澤明と犬
2008年、潮出版「パンプキン」に『元気になる処方箋』連載
2008年、ハーバー研究所無添加通信に「今日はなにする」連載開始
2009年、平凡社コロナブックス「作家の酒」ー黒澤組の宴会
他
講演、講義
世田谷文学館「黒澤明の仕事展」
東京大学「映像科特別講義」
静岡体文協「社会人大学」
テレビ静岡「テレビ寺子屋」
群馬県立女子大「公開授業」
東京大学映像科
早稲田大学
文化服装学園
東京芸術大学
立教大学
日立公共システムエンジニアリング㈱
山脇美術学院
成城学園学びの森
財団法人せたがや文化音楽事業部
他
CM
化粧品「ハーバー研究所」全国各新聞
飲料「ネスカフェ・エクセラ」インターネット
化粧品(衣裳)「ハーバー研究所」西川美和監督
キリンビール(株)「コクの時間」松たか子さん衣裳
揖保の糸
他
その他