ネット副業マスター
真田佳典 Yoshinori Sanada
1983年2月21日 広島県生まれ
ネット副業コンサルタント
中小企業診断士、ファイナンシャルプランナー
毎日怒鳴られる絶望的なサラリーマン時代⇒ネット副業によりハッピーリタイヤ⇒自由な生活を得る。
毎日の胃痛、頭痛、朝の満員電車、上司のイビり、勤務時間1日20時間という恐ろしい状況から
自分を救ってくれたインターネットビジネスの稼ぎ方を、同じ悩みを抱える人たちに伝授し、
幸せになってもらうことを生きがいにしている。
プロフィールページはこちら。
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【幼少期】
なんと、記憶が・・・ありません。
小さい頃の記憶が無いのはIQが低いせいだと言いますが、
本当にないです。そして、IQも本当に低いのだと思います。
【小学校時代】
いじめにあったりと、悲惨な小学生時代をすごしました。
何をやってもぱっとせずテストはだいたい50点。
運動にいたっては、あまりに運動ができないため、
親が強制的に陸上クラブに入れたのですが、
50メートルを走るのに、20秒かかりました。
毎日毎日この陸上クラブ行くのがつらくて泣いていました。
ある日、どうしても陸上クラブにいきたくなくて、
ぞうりで行ったこともあります(笑)
そんなふうに、6年間がすぎていきました。
【中学校時代】
小学校時代と変わらず・・・いじめにあい、
一人さみしくすごしていました。
今、トイレで弁当を食べる学生が増えていると言いますが、
僕ははっきりいって、気持がすごくわかります。
トイレが臭いとか関係ないです。
それほどに、人は孤独が一番のストレスになることを
この時代に学びました。
なんとか人生を変えるべく、サッカー部に入りましたが、
ここでもいじめにあい、幽霊部員化しました。
【高校時代】
高校時代からは、なぜか人生上り調子で、
典型的な高校デビューでした
毎日が楽しくて、仕方がありませんでした。
ギターをはじめました。それもすぐに飽きて、
またサッカーを始めました。
今回は真剣にやっていたのですが、
練習中に複雑骨折をし、手術をした後、
サッカー部に戻る気力が出ず、結局またやめてしまいました・・。
(本当にこの続かない性格は今でもコンプレックスです・・・)
ところが!?なぜか広島四天王(ダサすぎる名称ですが)とまで
いわれたカワイイ彼女もでき、勝手に有頂天な時代をすごすことになります
確かに僕は運が良いのですが、
ただの運だったことに気づけばよかったのですが・・・
しかし、彼女がかわいいと僕もイケているようにみえるのか、
友達も増え、僕の人生は少しずつ明るくなっていきます。
【大学時代】
神戸の大学に奇跡的に進学し、
僕の人生はさらにぱっと花開きます。
というのは、中学までの暗すぎた人生と、
高校の時に味わった楽しい人生の差をひしひしと感じ、
「俺は楽しい人生を送る!」と勝手に決め、
努めて明るくふるまい、相手に話をあわせるなど、
自分が失敗してきたことをフルに活かしたからです。
少しずつ友達も増え、
気づけば、サークルの会長にまでなっていました。
(サッカーとイベントのサークルで、本当にチャラい
学生だったと思います)
そうやって、遊び続けてあっという間に4年が過ぎました。
俗に言うバカです。
当然、バカはなぜかよりバカをつれてきますので、
友達も、バカばかりでした。
【社会人時代】
2005年、社会人として広告会社に入りました。
来る日も来る日も飛び込み営業で媒体を売る毎日。
1週間で1000件飛び込み営業することがノルマでした。
僕は、とにかく上司に逆らわず、
とにかく懸命にそのノルマをこなしました。
すると、ふと気付けば、
ただ飛び込むだけのバカになっていました。
せっかくがんばっていたのに、
大学時代よりもさらにバカになっていたのです。
そう、ひたすら飛び込み営業をする間に、脳みそが腐っていたのだと思います。
いえ、腐るほど入っていないことにすら気づいていませんでした。
でも、幸運だったのは、僕はバカだということに気づけたことです。
何をやっても上手くいかず、
何も考えず生き続け、
ある日突然、神の声が聞こえました。
神「すみません唐突に失礼します。あなたは、バカです。」
と。
とはいえ、努力していなかったことに気づけたので、
そこから一念発起し、ひたすら勉強し、
いろんなノウハウをため込み、行動し、
試行錯誤を繰り返し、トップ営業マンになりました。
社長賞も何度ももらいました。
でも、お客様や会社に嘘をついて売り上げを伸ばしたこともあり、
このときの自分は最低だったと思います。
本当に反省しています・・・。
そんなこんなで、一応トップ営業マンとして7年間勤務しましたが、
得るものは何もなく、トップなのに給与は月20万円。
毎日、朝8時から深夜4時まで働いても、です。
もう、死にそうでした。
毎日のタクシー(しかも自費)で、
運転手さんにも「いつもくたくただね」なんて言われて、
「お前のほうがくたくただろボケ」なんて思いながらも、
何とも言えない敗北感を抱えていました。
いったい何のために働いているのだろう・・・
そんな悩みを持ち始めた時、異動を通達されたのですが、
異動先の上司が、最悪。(こんな人いるのかと思うほどでした)
毎日、罵声を浴びせられ、あることないことで怒られ、
社内では「あいつは本当にイケていない」といいふらされ、
「早く会社をやめろ!」と毎日毎日怒鳴られ続けました。
朝8時から深夜4時まで働き、
トップ営業なのに給与は20万円で、
ハゲた上司はハゲているにも関わらず毎日怒号をあびせてくる。
僕は・・・・決心しました。
「いつか、道端でコイツと出会ったらぶん殴る」
【退社、そして独立】
しかし、そんな決心だけでは人生は変わりません。
そこで始めたのがブログやメールマガジンです。
「ほったらかしで儲かる」
「楽して月収1000万」
「借金を3カ月で完済!」
なんて言葉に惑わされ、変な情報をつかまされ、
何百万円もドブにすてました。
しかし、なぜか諦めきれず、
その中でも有益な情報を選び、
ひたすら試行錯誤を続けて行きました。
すると、最初はうまくいきませんでしたが、
気づけば数万部のメルマガを数部運営するほどにノウハウをため、
逆に収入はうなぎ上りになり、安定して月収100万円以上を
達成し続けられるようになっていました。
「副業の月収が100万円を超えたら絶対に会社を辞める!!」
と決めていたので、会社もスパッとやめました。
辞めると決めたら、ハゲを始め、驚くほどの引き留めに会いました。
社長に至っては、なぜかいまさら給与を倍にするなど言い出しましたが、
もう意思は固く、すべてのストレスを一瞬で断ち切りました。
会社を辞めた日、オフィスをでて5分ほど歩き、
いつもの改札に向かい、東京駅の丸の内出口の前で、
僕はふと空を見上げました。
この瞬間の空の青さ(夕方でしたけどなぜか真っ青にみえたんです)
空気のうまさは本当に忘れられません・・・。
自由になり、お金にも困らなくなったら、
世界がとても新鮮で、新しいものに思えてきました。
今は、何も気にせず妻と旅行したり、おいしいものを食べたり、
こうやってメルマガやブログを書いたりと、悠々自適な生活を送っています。
僕は無事、会社を辞めることもできました。
無事、結婚もして、お金に困らない生活を実現できました。
夢だった、タワーマンションの高層階にも住むことができました。
今振り返ると、あの頃は本当に辛かった。
よく自殺せずに生きていると思います。
それくらい、毎日怒られ、いびられ、働かされ、
こきつかわれていました。
でも、ふと気付きました。
僕みたいな人は日本に大勢いるんだと。
ならば、僕と同じ悩みをかかえるサラリーマン、
ビジネスパーソンに、少しでも楽になってほしい。
そう思ってサイトやメルマガを立ち上げて、
今運営しています。
今の環境から抜け出せる方法がたくさんあります。
それを知って実行して、夢だった生活をあきらめずに実行してほしいです。
心からそう思います。僕にできることがあれば、何でも協力します
悩みを抱える方が、月収100万円を副業で実現できれば、
思うように生きることができます。
僕がそうだったように。
一緒に、自由になりましょう。
あなたには、もっと幸せになる権利があります。
プロフィールページはこちら。
http://mmmaster.net/?p=83