【金盛哲二プロフィール】
現在の役職
■エンスーの杜 代表
■株式会社 青年実業家 代表取締役兼CWO
■一般社団法人 日本情報販売倫理機構(略称JIBEO)理事長
■佐倉市立弥冨小学校PTA会長
■千葉県八千代市出身。
■1969年生まれ
同級生は、個性的で「変」なキャラ多し。
(ぐっさん、ホリケン、原田泰三、桜庭和志、橋下徹、東MAX、KABAちゃん
)
【幼少生時代】
4歳上の兄貴を見て育ち、親や大人に怒られないような処世術を身につける。何事も要領の良さが大事だと知る。
【小学生時代】
一言で言うと優等生。勉強しなくてもテストでは100点を取り、
市の運動大会では、走り高跳びで2位になるなど文武両道。
6年連続で学級委員長を務める。女の子にもモテたので、私の「モテキ」はここがピーク。人生にはモテキ
があることを知る。
【中学時代】
小学生の優等生時代(過去の栄光)を引きずり、勉強をしなかったら瞬く間に成績が落ちる。
夕焼けにゃんにゃんが見たくて、部活にも入らなかったので、何のとりえもない平凡な中学生
になり下がる。
人生には、栄光もあれば挫折
もあるものだと知る。
【高校時代】
案の定、公立高校の受験に失敗し、滑り止めのミッション系私立高校へ。
毎週讃美歌を歌う日々・・・。
しかしこの高校と、妙に相性が会い、いい感じの高校生活を送る。高校時代に、人生初彼女
が出来るも、何もせずに終了。女の子には積極的になれない事を知る。
2年の時に行われたIQテストで「IQ142」を叩き出し、職員室に呼ばれる。校長と教頭が、
大学へ行くことを勧めるが、勉強が嫌いだったので、
ビシッと断る。
IQテストの結果が良かったせいか、私の高校からは珍しく、一部上場の流通業に就職が決まる。
この時は、一部上場企業に入れば、幸せになれると信じていた、幼い私。
【新社会人時代】
ピカピカの新入社員。
私の入った会社は、入社式が一番早い上場会社(当時)だったので、マスコミが多数来ていた。
入社試験の成績が良かったため入社式の時、新入社員1000人の代表で宣誓を行う。
人生のピークは、複数回あることを知る。
【流通業サラリーマン時代】
楽しい職場だったが、給料が激安だった。
手取りが9万円
を切ることも・・・
激安の給料と、体調を壊した
ことで、退職を決意。
人生はそんなに甘くない事を知る。
【広告代理店時代】
失職して、キャバクラでバイト中に、広告代理店に勤める先輩が来店。
「お前、なんでこんなトコで働いてんの?うちに来いよ!」の一言で、広告代理店に就職。手取りが25万円もらえて、急に羽振りが良くなる
。
それよりも、地元中小企業への営業が多かったので、「儲かってる会社、儲かっていない会社」「お金のある社長、貧乏な社長」をたくさん見る。
世の中、社長さんにもいろいろタイプがあることを知る。
また、広告を作成することで、マーケティング、(文章を書く)ライティングの技術が身につく。これは、本当に役に立った。
営業には、マーケティング、ライティング技術が必須だと知る。
【冬の時代】
広告代理店時代、社長が「上場する!」と言いだした。アットホームだった社風は無くなり、多くの中途採用者が入社。
反りの会わない上司がやってきた。
と同時に・・・
営業中に、居眠り運転の車に追突(オカマ)され、頸椎損傷の大けが。半身不随になる。現在も障害の等級持ち。
半年入院、9か月休職、1年半リハビリ、という過酷な生活。
身体障害者になると、保険の示談金額が上がることを知る。
【氷河期】
営業が出来ない体になり、内勤に転属。
しかし、動かない体と、性に合わない内勤。そして反りの会わない上司に、イライラする日々。
仕事がつまらないと、人生が充実しないことを知る。
2001年10月26日、上司と衝突!そのまま退職届を提出。無職になる。
【春の訪れ】
まあ、昔から起業はしてみたかったので、この際起業する事にする。
貯金を切り崩しながら、ビジネスアイディアを思考する日々。
やっぱり、お金のない人にはインターネットは必須だよな。とインターネットを使って、
趣味に特化したサイト「エンスーの杜」をスタート。
始めてみたら、思ったより反響があり、食っていける予感。
しかも、自分の趣味を仕事にしたので、楽しい楽しい。1年半で月収が150万円になる。
インターネットで趣味に特化すると、ビジネスになることを知る。
【春の訪れ2】
2年半で、エンスーの杜をフランチャイズ化。
個人事業主でもフランチャイザー(親)になれることを知る。
週に2日働けば、月に150万円入ってくる状態になる。仕事のない日は、自宅のBBQガーデンで、ひとりBBQをやり、
午前中からビールをあおる生活に。
しかし、
■ひとりでBBQをやっても、むなしさだけが残ることを知る。
■午前中からお酒を飲んでいると、夕方に二日酔い(頭痛)が来ることを知る。
■午前中からお酒を飲んでいると、子供に白い目で見られることを知る。
【夏の訪れ】
このままじゃイカンよな?
と、再度きちんと仕事をすることを決意。
ご隠居ドットコムを開始。小さいながらも自分がやってきた成功体験を、メールマガジンで発信。
起業ブームに乗り、読者8000人の人気メルマガに。
メルマガを1年半書いていたら、ロコモーションパブリッシング(社長:テリー伊藤)から、出版のオファーが来る。
初版5200部が出たものの重版はかからず・・・
しかし、人生初の印税収入をGETする。
高卒でも、出版が出来ることを知る。
さらに、自身のやってきた成功体験を、PDF化しメルマガで売ってみたら、凄く売れてびっくり!
ニッチな情報が「情報教材」という形で売れることを知る。
【真夏の訪れ】
エンスーの杜、ご隠居ドットコムで、「好きな事だけやってビジネス化する」事に目覚めたので、調子に乗る。
2006年更なる、「好きな事ビジネス」を模索し、起業塾を始めることにする。
語呂の面白さから「株式会社 青年実業家」という屋号にし、15歳~24歳限定の、ネット起業塾を開始。
・ネット起業を教えるのに「通い制」
・塾なのに、月謝なし
という、言ってることとやってることが違いすぎる起業塾で、周りの失笑を買う。
実家のプレハブなら家賃がかからないだろうと考え、本当にプレハブで開校する。
メルマガで来た、19歳と21歳の若者に、
パソコンを与え、いろいろやらせてみると、意外な成果が。
21歳(当時)篠原君が、みるみる業績を上げていく。
・サプライズアイディア集を、年間で650冊販売
・アフィリエイトツールを6日で、1714万円販売。
などなど。
雑誌に多数紹介され、メジャーなイケメンネット社長に育っちゃう。
その後も。
出版した塾生・・・3人
法人化した塾生・・・4人
海外移住した塾生・・・1人
TV出演、雑誌の取材を受ける塾生続出。
おかげさまで、多数のベンチャービジネスのコンサル、プロデュースをする事になる。
現在、千葉県佐倉市に450坪の農家に在住、住居は縁側付き8LDKの古民家。
半農半ITというライフスタイルを実践中。