クラウス

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モーツァルトの音楽とともに

モーツァルトの音楽を一生の友として生きていきたいと願っています。

押し付けがましくないところが好きですね。感動の押し売りをしない、BGMとして聞き流してもじゅうぶん快適な気分になれます。

でも明らかに「ヒーリング」「癒しの音楽」などというものとは違います。耳を澄ませば、美しく快活な響きの奥に、哀しみ、切なさ、死の予感といった誰もが抱える心情がおぼろげに聞こえてきます。特に、ウィーンの聴衆に顧みられなくなった後期の作品にそのことは色濃くあらわれています。

彼の人生そのものも、失恋、経済苦、さらには天才ならではの苦しみに満ちたものでした。それでも、「お涙ちょうだい」の音楽はありません。どんなに辛いことが多くても、それを恨むことなく受け入れ、生きることの喜びを響かせ続けています。

美しく快活ななかに潜むかすかな陰り、それこそがモーツァルトの最大の魅力だと思います。

20世紀最大のプロテスタント神学者、K.バルトの「モーツァルト」からの抜粋
「み使いたちが神を賛美しようとして、大バッハの音楽を奏するかどうか、これはどうも確信がもてない。・・・けれども彼らがあい集ったとき、モーツァルトを奏し、そのとき神もまたその楽の音を、ことのほか悦んで傾聴なさるだろうこと、これは確かだ。・・・そう考えたのです」

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