プロフィール

ニックネーム
戸部の個別塾スイング塾長 「磨き屋スイング」
性別
男性
誕生日
1974年12月3日 0時頃
血液型
O型
職業
その他

自己紹介

こんにちは、磨き屋スイングです。


自分は、東京都で最も偏差値の低かった
公立高校を卒業した。

中学時代はサッカーに邁進していた結果、
まったく勉強をしていなかった(笑)

なので、勉強ができない生徒の気持ちは
誰よりもわかるつもりだ。


そして、
何よりもイヤだったこと。
それは身内と比較されること・・・。

父は早稲田、
祖父は京大、
その兄は東大・・・

身内にはこんなのばかりだったので
勉強ができない自分は、
つらいものだった・・・。


高校時代、大学には行ってみたいなとは
漠然と思っていた。


そんなあるとき、自分の学区のトップに君臨する
日比谷高校の友人から、こんなことを言われた。


「お前の学校のトップと、日比谷のビリならば、
日比谷のビリの方が上だよな」


胸が熱くなった。
これほどの屈辱は、今までにはなかった。

そこから、本格的に大学受験を決意。


だが、なにせ、ゼロ以下からのスタート。
何をやっていいのか、勉強方法も全くわからない。

いろいろと施行錯誤をして猛烈に勉強をした。
高校受験時とは、別人だった。


そんな自分でも、11か月後には、
代ゼミ総合模試で偏差値を、
39.4→70.9にあげることができた。


さらに、冬にあった河合塾の全国模試。
衝撃的なことがおこった。
成績優秀者名簿に自分の名前が載っていたのだが、

なんと、自分の名前の下には、
日比谷高校の人の名前があった!

すごい偶然だった。
「もう、日比谷にもナメラレない。」

そう思えた瞬間だった。


しかし、英語と社会はコンスタントに
偏差値70越えをしていたのだが、
国語だけは、波があった。


結局、最後まで国語を克服できず、
第一志望の早稲田大学は不合格。

基本的に早稲田の英語は
難しくないので差がつかない。
日本史は年度によってレベルはさまざま。

だが、国語はすごく難しい。
要は、国語のできで決着がつく入試だった。

入試では、1つでも不安定な科目があると負ける。
このとき、身をもって体験した。


失意のもと、
明治学院大学フランス文学科に入学し、
サークルはジャズ研究会に所属。

受験のうっぷんをはらすため、
とにかく、
何かに打ち込み暴れたかった。

早稲田不合格は前向きにとらえ、
明治学院大学の有名教授の講義を
すべてうけてやろう!
と学部を無視した独自の時間割を作成。

他学部の看板教授たちに、
授業に参加させて下さい
とお願いして受けさせていただいた。

高校時代とは、全く違う授業だった。
高校までの勉強は、基本的には、事実を覚えていく勉強。

もちろん、これも重要だと思う。
どんな学問をするにも、ベースは必要だ。

だが、大学の授業は、
今までにない事実を発見していく勉強。

しかも、その分野の第一人者の学者の授業は、
自分に知的好奇心を与えてくれた。

勉強嫌い、読書嫌いだった自分が、
人がかわったように
本を読み勉強をするようになった。


ジャズ研究会では、
サックスを担当。

幼稚園から
ずっとピアノをしていたので、
何か違う楽器をしてみたかった。

他大学のジャズ研究会にも顔を出し、
気づいてみたら、
関東の大学30校からなる
横浜ジャズネットワークを設立し、
代表を務めていた。

横浜ジャズプロムナードなどの
ジャズフェスティバルを企画し出演していた。


大学卒業後の夢はフランスで働きながら
フランスの大学へ行くこと。

卒業後に、これを求め、
フランスへ旅立つ。

大学入試と同じく、
これもかなわず。

夢を、ヨーロッパの企業で働くことに切り替える。

これまた、かなわなかったので、
ひとまず就職先を探すことに。

大学時代には4年間アルバイトで
塾講師の仕事をしていたので、
大手学習塾に就職する。

大手学習塾に就職し1年たったところで、
念願のヨーロッパ企業の募集を発見し、
見事就職。

世界的多国籍企業、
英クックソングループのVesuvius社に入社。
Vesuvius社は、耐火物業界で世界NO1の会社だ。
そこで、営業経験ゼロからスタートした。

最もビジネスに疎遠といわれていた、
フランス文学科出身の自分が、
独学でMBAを学び、

創業以来14年連続赤字だった
部署を2年で黒字化する。

従業員8,000名の外資系メーカーで
最速でトップセールスマンの
仲間入りを果たした。


日本の底辺レベルの高校に
通っていた自分が、

社会に出たら、
ハーバード卒やケンブリッジ卒の
世界最高レベルのエリートたちと
一緒に仕事をしていた。

そして、27才のとき、
ハーバードビジネススクール卒の30代社長と
一緒のプロジェクトをする機会があり、
大きな衝撃をうけた。

日本の会社で30代は、
まだ青2歳扱いだが、

世界レベルでは、
30代でビジネスマンとして
完成の域に達している。

彼の
「お前なら、できるよ、やってみろ」
という言葉から、経営者を目指し始める。

その後、独立のタイミングを見計らい、
満を持して、会社をたちあげる。

耐火物業界では、日本に進出したいができていない
世界的企業が多くあったので、その代理店を始めた。

ヨーロッパで行われる展示会に参加してはビジネスを売り込む。
Vesuvius時代の人脈をいかして、
多くの会社にアプローチした。


しかし、自分の青写真通りにはビジネスは進まない。
貯蓄も減り、生活費もままならない。

また、自分の前には壁が立ちはだかった。

でも、もうこういうことには慣れていた。
なぜなら、自分の人生は、
かなわないことの連続だったのだから。

生活費を稼ぐため、
朝6時から14時までトラックの運転手をし、
14時から自分のビジネスをした。

そんなとき、
昔勤めていた学習塾の生徒の
保護者の方と会う機会があった。

そこで、言っていただいた言葉。

「藤野先生、昔、
先生のご指導はとてもよかったので、
よかったら戸部で塾を開きませんか?
最初の生徒は私が集めます」

ありがたい言葉だった。

これも運命と思い、
戸部のマンションんの一室で、
生徒3名から学習塾を立ち上げた。

学習塾スイングの誕生だった。

1年後には、生徒数が増えて、
今の教室に引っ越しすることができた。

最初の1年は、朝6時から14時まで
トラック運転手をしながらだったので、
体力的にもハードなものだった。


今では、
約70名の生徒をおあずかりしている。



このように、自分の人生には、
いつも壁があらわれた。

初めから思い通りの結果がきたことなんて
1度もなかった。

動いては打ちのめされ、
の繰り返し。



「自分は頭が悪いよ」と思い、
あきらめかけている原石(生徒)たち
がいたとしたら、聞いてほしい。


東京都立最低偏差値高校を出た自分が、
世界的外資系企業でトップ営業マンになり、
今では塾を経営している。


雑草でも、
エリートたちと戦えるのだ。


こんな自分だからこそ、
勉強ができないと悩んでいる
生徒たちに言えることがある。


「才能はもとからあるのではない。磨くものだ」


考え方がかわれば、人間は変わる。


自分がいい例だ。


だから、あきらめないでほしい。


なりたい自分を作っていく
「自分づくり」をはじめよう。

その過程で、
君が輝ける場所が見つかるはずだ。

なりたい自分になるためには、
やらなくてはならないことが必ずある。

それが「自分磨き」


さあ、「自分磨き」をはじめよう!

マイプロフィール

出身地
東京都
お住まいの地域
神奈川県
職業
その他
未既婚
既婚

定番

趣味
サッカー観戦、読書、ジャズ、楽器(ピアノ、サックス)
長所
行動力がある
短所
雑なところ
ちょっと自慢できること
ピアノ歴30年
まず家に帰ってすることはなに?
寝る
平均睡眠時間は?
6~7時間
ブログの更新頻度は?
毎日(が目標!)
ブログに何書いてる?
自分磨き

好き嫌い

好きな食べ物は?
パスタ、ピザ
好きなスポーツは?
サッカー、野球
好きなアーティストは?
ジョン・コルトレーン(ジャズ)
好きな本
フランス文学、ロシア文学、経営本、サッカー雑誌
好きなテレビ番組は?
欧州サッカーの試合、NHKスペシャル、大河ドラマ
好きな曲は?
ジャズ!
好きなゲームは?
ゲームしません
好きなブランドは?
スイング
好きな場所は?
京都
好きな動物は?
好きな休日の過ごし方は?
カフェで読書、ジム、フットサル、友人と会う、仕事
好きな色は?
黄色

その他

尊敬する人は?
吉田松陰、松下幸之助
幸せを感じる瞬間
おいしいものを食べたとき
携帯の機種は?
ドコモ
今、旅行でいきたいところは?
ドイツ、フランス

フリースペース

アメンバー

プレゼント

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