プロフィール

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埼玉県さいたま市の橋本事務所
職業
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職業詳細
経営者

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埼玉県
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http://www.hashijimu.com/

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プロフィール


★ビジョンづくりと人事戦略パートナー
★社会保険労務士

さいたま地域で労働組合相談数No.1の社会保険労務士
330社の人事・労務、就業規則を手掛ける
しかし、救急車3回、入院5回、手術2回、交通事故3回を経験、死に直面したことがながらも『不死身の男』として、ビジョンづくりと人事戦略パートナー、会社側社会保険労務士として活動中

ビジョン(夢):『子供が憧れるカッコイイ大人を増やす!』 

私は、病気によって死に覚悟したことがあります。何日もの間、涙が止まりませんでした。
『なんで自分が・・・。』
『何か悪いことでもしただろうか・・・。』

でも、支えてくれる家族によって、少し前向きに物を考えることができるようになったとき、『もし生きることができたら、子供から尊敬されるカッコいい大人になる!』と考えました。

幸いにも、回復し現在はすっかり元気です。
あの日に自分に誓った『子供から尊敬されるカッコいい大人になる!』は私のビジョンとなっています。

私自身、自分の仕事に誇りを持っていました。
しかし、330社の人事・労務に携わっていると、自分の仕事に誇りを持てずにいる方をたくさん見てきました。夢半ばで会社を去っていく人、周囲となじめずトラブルを起こす人さまざまです。

会社のトラブルを無くしたい!、それには、1人1人の大人がカッコよくなればトラブルは無くなるのではないかという想いを強く持つようになりました。
そのため、我が社は、『子供が憧れるカッコイイ大人を増やす!』 をビジョンとしています。
『社長が変われば、会社が変わる。会社が変われば、社会が変わる』と信じて、ビジョン実現のために、目の前の社長と真剣に付き合っています。
一緒に社長の夢を実現して、社員がイキイキと働く会社作りを実現すると、カッコイイ大人が増えてきます。

私が今でもお付き合いしている社長の話です。
-辞めた5人の元社員から2,000万円以上もの内容証明が届いた会社も、社長が本気で変わり、今では不況も関係なく売り上げを確保し、社員が定着する会社になりました。
この素晴らしい社長のおかげで、『社長が変われば、会社が変わる。会社が変われば、社会が変わる』ことを目の当たりにしました。-

カッコイイ大人が増えれば、子供たちが大人にあこがれ、夢を持つようになります。
子供たちが、『パーロットになりたい』『学校の先生になりたい』と、夢を持てる社会を作りたいと考えています。


これが、私がセミナーを開催したり、コンサルティングをしている理由です。


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【生まれ】
埼玉県のさいたま市(旧・浦和市)で生まれ、一人っ子で育てられる。
6歳の時に父親が亡くなり、母親の実家に転がり込み、弟も生まれいきなり9人家族になる。
大家族の生存競争と、厳しい伯父に「父親がいないんだから、しっかりしろ!」という教育を受けて、打たれ強くなっていく。


【小学・中学時代】
旧・浦和市の小学校・中学校に通う。
小学校ではソフトボールと、家庭の方針で柔道時代を習う。
柔道を始めたのは自発的ではなかったが、今では息子も柔道を習っている。
中学校では野球部に入り、一生の友達を見つけ、今も付き合いを続けている。


【大学時代】
都会に憧れ都心の大学に進学。
日本各地・外国への一人旅に何度出かける。
周りの人間を観察することが好きで、大学では人間学ともいえる社会学を学ぶ。このころは、まさか将来、人間を対象にした社会保険労務士になるとは夢にも思わず・・・。


【流通業への就職】
 将来、一国一城の主になるという目標のため、で、就職活動は、小売業と飲食業を中心にまわり、ありがたいことにいくつかの会社から内定をもらいました。その中で、会社の成長の勢いと将来性に魅力を感じて、ホームセンター業界の大手企業に希望を抱いて就職。
 そこでは、入社前の「無給」の泊まり込み研修、毎月60時間以上のサービス残業、2、3日前の突然の転勤など、今でいうブラック企業を身をもって体験しました。
  自分の選択が正しかったのか不安を抱えながらの毎日の中でも、『得られるものはあるはず!』と考え、独学でマーケティングを学び、商品の発注のタイミングや陳列の方法を工夫し、社内の売場コンテストでは、新人ながら最優秀賞を獲得。
 実績が認められ、2年目に新入社員の教育担当になり、教育に興味を持ち始めました。ただ、新入社員よりも手ごわいのは、部下である自分の母親ほどの年齢のパートです。彼女たちと格闘するなかで、どうしたら自分の言うことを聞いてもらえるかを身をもって学びました。


【塾講師への転職】
 もともと人前で話すことが苦にならず、教育業を突きつめたいと考え、塾の講師になりました。
 塾講師は入れ替わりが激しく、たくさんの講師を見てきた中で、人気ある講師は、『分かりやすい授業』だけではなく、『人を惹きつける話し方』や『細やかなフォロー』なども必要であることが分かりました。通うのは子供でも、お金を出すのは親、である塾は、キーマンは親です。子供のハートをつかむだけでは足らず、親(特に母親)のハートをつかむ必要があります。ここで、前職でのパートへの接し方が生きてきたのです。
 子供と親の信頼を勝ち取り、講師として当時塾内でNo1の合格実績を達成しました。(教え子の進学先は御三家や早慶付属校など、私より優秀です!)成績だけでなく、夏季講習やオプションの講義など、教え子の受講率は常にトップでした。また、ありがたいことに、紹介もNo1でした。

【社会保険労務士・行政書士への挑戦】
 やりがいを感じる毎日でしたが、30歳を目前にして自分の人生を考えだしました。当時結婚を考える彼女がいましたが、『1コマいくらの浮世稼業では、結婚なんて冗談じゃない!』と育ての親である伯父にダメ出しをされてしまったのです。将来自分の子供と夜に会えない塾講師業に、見切りをつけて転職することにしました。
 しかし、冷静に考えてみると、ハタっと困ってしまいました。今までのキャリアといえば、店員と塾講師。どちらの業界にも転職するつもりはありませんでしたから、どこにいっても未経験。しかも、すでに年齢はアラサーです。客観的に考えて、こんなヤツを雇う会社なんかあるわけない。
 ならば、『資格を取ろう』と、当時一生懸命考えた結果です。どの資格かと考えているとき、人間に興味があり大学で社会学を学んだことを思い出して、『自分には、社会保険労務士しかない!』と決意しました。社会保険労務士を取ることを決意したので、あとは実務経験を積むことを考え、就職活動を始めました。
 『社会保険労務士を目指して勉強中です!』と人事を希望して就職活動しましたが、ことごとく落ちる毎日。『受からなければ、結婚できない』と自分を奮い立たせましたが、書類選考・面接どちらも通りません。
 あんなある日、社会保険労務士事務所の求人を見つけ、ここに何としても入るんだと郵送ではなく応募書類を届けに行き、面接では熱い想いをぶつけて、無事採用を勝ち取りました。その後、別の社会保険労務士事務所の募集にも合格。求人がほとんどないといわれる社会保険労務士事務所の求人募集に、ありがたいことにふたつも合格をいただきました。そのうちのひとつにお世話になることを決め、社会保険労務士を目指す日々が始まりました。
 入社直後に迎えた初めての社会保険労務士試験は玉砕。翌年の合格を決意して、受験予備校に通い始めました。通い始めるうちに、どうせ取るならダブルライセンスにしようと、社会保険労務士の試験と並行して行政書士の勉強も始めてしまいました。周囲からは当然、社会保険労務士を取ってからにしなよ・・・と言われました。何と言われようが『大丈夫!』と押し切りました。
 その頃、プライベートでは、無事就職も決まり、人生設計もたったのでので、彼女との結婚も無事決まりました。その年、社会保険労務士に合格、続けて行政書士にも合格しました。子供もでき、家庭も仕事も充実した日々を送っていた中で、歯車がすこしずつ狂いだしていたのですか、その頃はまったく気がつきませんでした。


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現在、病気を乗り越え、ビジョンづくりと人事戦略パートナー、会社側社会保険労務士として活動中

社長や社員の相談に的確にのれるよう
カウンセリング、NLP、コーチングセミナーにも参加
産業カウンセラー。

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