1967年2月11日
雪のちらつく日だったそうです。
京都大学病院で1800gの未熟児で生まれました。
父が京都の人なので
お笑いがすき・漫才スキなのも、その影響かも。
「アホか!!」というツッコミは気にもしません♪
母が関東出身なので「バカ」もオッケー♪
ですが、「たわけ」といわれるのには、
異常に反応します。
その後、九州は福岡・・・に行き
18才までそこで暮らしました。
小さいころは習い事をいろいろさせてもらいましたが、
すぐに飽きるワタシは、
何ひとつ、長続きしませんでした。(汗)
そして、父の仕事の関係で
転校も多く、一時期は
アメリカはウエストバージニア州にいました。
日本人はほとんどいなくて、
はじめのころは、いとこに教えてもらったとおり
「Yes」「Thank You」だけで
暮らしておりました。
そこでの影響は
多大なものだったと思います。
小学校はたくさん転校し、
ここで培った社交性と共感性は人一倍高いです♪
大学に進学するのですが、
これが
何故か福祉ばた。
そこからは、もう、
福祉一色の人生のハズでした。
20歳になったときに
「it’s a Beautiful Day」という
なにやら怪しい(???)セミナーに参加。
これが大きくワタシの人生に影響を及ぼすことになるのです。
「いい」「わるい」ではなく、オールオッケー♪
そのまんまのじぶんに
ただただ気づいていく。。。
そして、毎日、ごきげんに過ごす。
そんだけのセミナーでした。
そう。たった、そんだけなのに、
そのシンプルなそのことが
のちに私が出愛う、多くのヒト・モノ・コトに
いちいち、絡み合い
20年以上前のこのことが
今でも、根底にあり、
ゆるぎない、じぶんにず~~~っと影響を与え続けるのです。
大学を卒業した私は
親不孝にも約束をすっぽかし
滋賀県に就職してしまいます。
知的に障害を持つ彼らのことを
「この子ぉらは、アホや!!」
「タダのアホとちゃうで!!ほんまもんのアホや♪」
と、ぶっ放す
おばはんに惚れこみ
そこでなんと、肉牛の世話を「ゆかいななかまたち」と一緒に
することになったのでした。
その後、3年後には
「早く結婚したい♪」という
だんなさまに、押され
まだ、若かったワタクシは結婚。
すぐに上のだんごが・・・
2年後には、下のだんごが・・・
(男ばっかりや~)
しばらく専業主婦をしていましたが、
やはり、じ~っとはできないワタシは
すぐに仕事復帰した次第です。
好奇心旺盛
動きたがりなので
その後、アロマセラピー・コーチングと出会い
ものにしていきました。
40過ぎて表現することに目覚め
歌・プレイバックと始めました。
コーチングで、日本の福祉をどか~~んと変えていきます。
生涯学習財団認定 認定コーチ
AEAJ アロマセラピスト