とある小学4年生の春
雨の日だった。
雨宿りさせて~
と親戚のお兄ちゃんがやってきた。
何で来たの?と聞くと
バイク買ったんだ。
外を見ると雨ざらしでバイクが止まっていた。
雨が熱を帯びたエンジンに当たり白く湯気立ち赤いガソリンタンクを雨が何度も何度も、シズクが垂れていた。
今でも鮮明に覚えている出来事だ。
これを機にバイクが好きになり、偶然にも近所の河原にモトクロスのダートコースが出来、バイクが捌けた後、弟とジャンプしたりして日が暮れたのも気付かずコースを何度も何度もママチャリが壊れるまで遊んだ。
それが、エクストリームの楽しさに目覚めた時だった。
大人になった僕は、バイクのレースや車でのジムカーナ競技を覚え
鈴鹿サーキットのレーサークラス250㏄を走った。
ジムカーナはクラブチームに入ってまじめなスピード競技をやった。
しかし、ふるわない成績に、いつしか志は遠のき
次第にエクストリームへ傾き
サーフィン、スノーボード、スケボー、ウェイクボード、BMX
怪我をしそうな遊びを好んでするようになり
結局、最後まで残ったのは
スノーボードだった。
スノーボードもダミアンサンダースやショーンファーマーに憧れ、クリフドロップやログスライドなどを快感にしていたが、時代はニュースクールとなり、やがてはスキー場内のキッカーやハーフパイプなど人工物で表現する時代になり、やがてつまらないと感じるようになる。
ある日、見かけなくなっていたレジェンド、クレイグケリーが、ジョンバフェリー(バフ)に付いてカナダのボールドフェイス開発に携わり、スキー場外でのキャットツアーを始めようとしていた。いわゆるバックカントリーというジャンルだとこの頃に知る。
遭難や雪崩事故を伴ないやすい未整備の自然は、僕に新しい刺激を運んでくれた。
これは今までにない転機だと感じる出来事だった。
しかし、ある日、クレイグケリーがツアー中、雪崩に遭い、ツアー客と供に他界してしまった。
なぜだ?
雪崩より速いんじゃないのか?
雪崩の仕組みを理解していたんじゃないか?
疑問に思った。
書物をあさり、情報を集めた。
雪崩ってそもそも何で起こる現象なんだ?
分かる事では無いのか?
調べる程に事の奥行きは深くなる一方だった。
CAA(canadian avalanche association)を知る
このカリキュラムは日本で学べないかと探し
JAN(japan avalanche net)を知る
しかし、初年度から2回〆切りに間に合わず
開催されない年があったりと、実質3回目(だったと思う)の開催でようやく講習を受ける。
〆切りに間に合わなかったのは、当時通っていた会社はこの講習を受ける為の10日間の休暇は認めてもらえず、辞めるべきか、2年悩み続けた。
心は決まっていたはずだった。
が、僕に最後のひと押しをする切っ掛けが欲しかった。
退職してしまっていいのか、不安が全てを迷わせた。
ある人に勧められて、占い師に診てもらう事になった。
僕は、占いを信じてはいなかったので、初めて頼る場所になった。
その占い師はタロットカードを慣れた手つきでさばき、並べ、迷い無くこう言った。
あなた、迷わなくていいわ、進みたい方で正解なのよ。
あなたが想像しきれていない、もっと驚く人生の道しるべがその先にありますよ。
・・・。
信じるしかなかった。
決して、その占い師の一言で全てを決めた訳ではないが。
しかし、最近になってその占い師が、テレビに出ている事を知る。
南クララという占い師だった。
私は会社を辞めた。
そして突き進んだ。
運命的にも講師はバフとイアンだった。
バフはクレイグのワイフを巡り逢わせた本人でもあった。
それに併せてJANの理事長である出川氏とも交流が始まった。
そうして、師である竹内正則氏と日本国内初の本格的CATツアーサービス
GRAFFIXでガイドをする。
平行して、JANでは、セイフティーキャンプの講師を務め、定点観測を行い、北海道の星野リゾートでのヘリツアーガイドアドバイザーに派遣され、東京で講習会などもおこなった。
しかし、多くは語れないが、個人的諸事情もあり、2009年冬、株式会社を設立する。
そう、世間はリーマンショックで、不況のどん底だった。
それも私が成長する為の試練であり、乗り越える可能性があるからこそ試練を受け試されている、そう思い設立した。
今に至り、幸せにも、素晴らしい職人、素敵なお客様、笑顔をくれる大手ハウスメーカー、事務所を提供してくれた大家さん、素晴らしい人々に恵まれ、今では休み無しの深夜残業でも追いつかない仕事量を頂いている。
あの占い師、南クララは、私を予言したのか?
それとも本当に未来を占ったのか?
そして、今年
竹内正則氏より
そろそろ復帰しないか。
と連絡が来る。
あの、人脈兵器のような竹内正則氏が
私を必要としている。
私の人生は、まだ、つぼみでも無く
ようやく捲いた種から芽が出た程度かもしれない。
素晴らしい人々に支えられ
私の人生のレールは続いてゆく。