㈱マナセプロダクション
父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田
とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出し
た。
又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、
花屋経営のかたわら1982年社長就任。
1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。
以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績と
その人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社㈱エフ・スピリットで真琴つばさ他のマ
ネージメントと
各々新人育成を手がけている。
亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、
事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、
より高きをめざして、精進していくつもりです。